第271話 解脱への道 その3

文字数 2,758文字

 城で重役を集め緊急会議が開かれた。

 「お集まりの皆様、霊能者・裕紀(ゆうき)御神託(ごしんたく)の件なのですが・・。」

 寺社奉行の佐伯(さえき)がそう口を開くと、家老(かろう)の一人が苦々しい顔をして口を(はさ)んだ。

 「その件であれば佐伯殿が、陽の国に極秘に密書を渡して断られて終わったのであろう?」
 「いかにも。」
 「ならば彼方(あちら)の問題であり、我が国には関係なかろうが。」
 「では、()て置けと?」

 「そうじゃ、それに姫御子(ひめみこ)なる者は失脚したというではないか。
そのような者など相手にすれば我が国は笑いものぞ。
それより地龍の案件の方が問題ではないのか?
あれから地龍が姿をあらわさんとはいえ、対策が必要であろう?」

 「御老中、地龍は一度眠ると最低でも数十年は起きぬと言われております。
さすれば急を要さぬ案件。
また寝ている地龍にもし儂らが関わり寝覚めたならどうされる?」

 「うぐっ!
だからといってだ、他国のために降りた御神託を助力しようというのに相手が断ったのだ。
我が国に責任などないであろう!」

 「なるほど、御老中は御神託とは人の(ことわり)で考えればよいと?」
 「・・・どういう意味だ?」

 「神は人の営み(いとなみ)とは別の世界のお方なのです。
この国に降りた御神託に対し、理由はどうあれ御神託に従わぬと神の御心に従わぬという事です。」

 「何をバカな。相手の国が助太刀(すけだち)無用と言っておるのだぞ!」
 「だから、それは人間の言い訳だと言っておるではないですか。」
 「下らぬ! 佐伯、お前は陽の国と何か密約でもしたのであろう!」

 「御老中、言って良いことと悪い事が御座いましょう?
何かそのような証拠でも?」
 「・・・・。」

 「御老中、感情的にならず真摯(しんし)に神と向かいあわぬと大変な事となりますぞ。」
 「御神託で神罰などと、馬鹿げたことを誰が信じると言うのだ?」

 その言葉に佐伯は後ろに控えている部下に目配せをした。
すると部下は何冊かの古文書を佐伯に渡す。

 「これは我が国の古文書と、他国の古文書の写しでございます。」
 「?」

 「これによると御神託を蔑ろ(ないがしろ)にした国に天罰が下っております。
ある国は洪水、ある国は地震、そして津波。
それにより国は滅びております。
他国の事ですとか、この地に以前に栄えていた国のこととして笑い飛ばすなどできませぬ。」

 「古文書のそのような昔話、信じられるわけなかろう!」
 「ほう? では地龍も昔話だったと?」
 「ぐっ!・・・・。」

 「他の方々も、御老中と同意見で御座いますか?」

 佐伯の言葉に誰も何も言わなかった。
だが・・、老中はまだ佐伯に食いつく。

 「地龍はたまたま言い伝えが真実だっただけだ。
御神託とは別であろうが!」

 「では、御神託を実施せず何かあれば御老中が責任を負うと?」
 「?!」

 「さようで御座いますか。
それでよろしければ儂は何も申しませぬ。
いや~、よかったよかった。助かりました。
殿、それでは御老中の言質(げんち)が取れましたので儂への責務は無しという事で。」

 「うむ、そうだな、責任所在は老中にある。それでよい。」

 殿のその言葉を聞き老中は真っ青になる。

 「と、殿! お、お待ちを!」
 「何じゃ?」
 「せ、責任と申されても、そ、そのような事は・」

 「何を(あせ)って居る?
言い伝えや神話で真実ではないと其方(そなた)が判断したではないか。
儂は何かあったときの責任者が決まればよいのだ。
言い出した佐伯を責任者にと思ったのだが、今、そこもとが心強い発言をしたのだ。
言い伝えであって何も起こらぬと、お前が約束したのだ。
儂は安心をした。」

 「いえ! お待ちを! 佐伯! この件、お前に全て一任する!」

 「おや? 私にですか?
いやいや、せっかく御老中が責任を負うとおっしゃったのに、儂などではとてもとても。」

 「な、何を言う! わ、儂はお前が適任だと思って居る。
居るから、陽の国に交渉をしてお前の責任においてやれ!
わ、儂は、か、影ながら応援しよう!」

 「影ながらですか?・・。」

 「い、いや! ぜ、全面的にお前に協力をしようではないか!
殿、この件は佐伯にお任せ致す。」

 「ふむ・・、そうか。老中がそこまで言うなら佐伯、其方(そなた)に任せる。」
 「殿、せっかく御老中が責任を取りたいとまで申したのに・・。」
 「いや、お前でよい。これは命令だ。」
 「・・・御意。」

 老中はそれを聞いてホッとするのと同時に、ニヤリと笑う。
そして・・。

 「佐伯、分かっておろうがこの件を実施するにあたり裕紀を陽の国に派遣することになる。」
 「それが何か?」
 「もし裕紀が陽の国から戻って来なかったらどうする?」
 「はぁ、どうしましょう?」
 「どうしましょうではない! それはお手前の責任ぞ!」

 「そうなのですか?」
 「バカ者! 殿! そうで御座いましょう!」
 「そうじゃな、佐伯の責任であろう。」
 「はぁ、では、それで(よろ)しゅうございます。」

 これを聞いて老中は満面の笑みを浮かべた。
この老中は何かと佐伯を目の(かたき)にしていたのである。

 それというのも老中は昔ながらの由緒正しき武家で代々、老中職についている家系である。
佐伯はたまたま殿と竹馬(ちくば)の友として育ち、しかも頭角を現して寺社奉行になったのである。
そして城中でも佐伯への信頼はあつい。
それが老中は気にくわない。
だから何かと佐伯の邪魔をしていたのだ。

 今回の件で、老中は全面的に佐伯に協力せざるを得なくなった。
老中にとっては腹立たしいことである。
だが・・。
陽の国は姫御子がお役御免となり、霊能力者の信頼が揺らいでいる。
これで裕紀が陽の国に行ったのなら・・。
陽の国は裕紀を欲しがり返さなくなる可能性が高い。
つまりそうなれば佐伯は失脚する。
そう考え、老中は思わぬ収穫に満足したのである。

 一方、佐伯にしてみればまんまと老中を罠にはめ丸め込むことができたのである。
それも全面的に協力をするという言質(げんち)までとれて。
それに佐伯は裕紀を信頼していて、老中の老婆心など皆無であった。

 佐伯の勝ちである。

 佐伯は笑みを押さえるのが大変であった。
そんな佐伯の様子を、殿は横目で見ながらため息を吐いた。
内心で、この(たぬき)め!と。
それというのも、事前に間宮と佐伯で打ち合わせた計画通りに事が運んだからだ。

 陽の国での姫御子が一般の巫女に落とされたと老中の耳に届くようにしたのは間宮である。
だが、その時には既に姫御子に復帰するという事が分かっていてあえてそれを隠した。
さらに陽の国で霊能力者への信頼がないという根も葉もない事を噂で聞いたと付け加えて。

 佐伯も狸なら、間宮も引けを取らない。
殿を含め3匹の古狸である。

 殿は会議を終わらせるため、皆に声をかける。

 「では皆の者、御神託は皆の者が佐伯に協力をし実行せよ。」
 「「 御意! 」」

 こうして裕紀の御神託を実施するため国の協力を得られることとなったのである。
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