第198話 亀三の過去

文字数 2,353文字

 兵衛(ひょうえ)祐紀(ゆうき)が机に戻り仕事を始めた様子をみると、亀三(かめぞう)に目で合図をし社務所を出た。
亀三は間を置いて社務所を出る。

 祐紀はそんな二人の様子を横目で見ながら、黙々と仕事を続けた。
二人に付いていこうとも考えたが、相手にされないと感じたからだ。

 兵衛は後ろからついてくる亀三を振り返ることもなく神社から少し離れた瀧へ向かう。
瀑布(ばくふ)轟音(ごうおん)が耳をつんざく。
もし誰かが二人の会話を盗み聞きしようとしても此処(ここ)では無理であろう。

 兵衛は瀑布の飛沫が足下に届くか届かないかの距離で立ち止まった。
亀三が兵衛のすぐ側まで近づいたとき、兵衛は振り返り亀三に語りかけた。

 「さて亀三・・。」
 「はい、すべてお話しましょう。」
 「うむ・・。」

 亀三は兵衛に語り始めた。
語り始める前に亀三は自分の生国や、詳しい場所はしがらみがあり言えない事を兵衛に告げる。
それを兵衛は承諾した。

 話は亀三の素性から始まる。

 山奥に4つの国と接した里がある。
この里はどの国から見ても深い山奥にあり、道も整備されておらず往来もままらない。
採れる農作物など微々たるもので税収など取れたものではない。
また林業も材木を切り出して運ぶには、難儀すぎる場所でもある。
そのためどの国からも、その村が無いかのように扱われていた。
つまり年貢などの取り立ては無く、国からの庇護もない村であった。

 そんな村であるが山奥で暮らすため身体能力が里の者に比べ格段に高かった。
やがてそれが土台となり忍者の里へと変貌を遂げたのだ。
そして色々な国から、臨時的に金で雇われることとなる。
つまり俸禄(ほうろく)をもらい国に尽くすのではなく、臨時雇いの忍者である。

 場合により村人は敵対国に分かれて雇われることもしばしばあった。
その時は同胞で争わないように不文律に基づき行動を行う。
かといって雇われ国に不義理とならないように最新の注意を払う。
このため雇う国からは信頼を得ていた。
そのような村で、村長(むらおさ)の長男として亀三は生まれた。

 亀三という名は本名ではない。
いくつもある偽名の一つだ。

 もともと亀三には名などない。
里では「小川の2」、「橋そばの1」などと呼ばれる。
「小川の2」、これは小川の近くの家の子供で2番目にできた子供であることを指す。
男女関係なく生まれた順の番号だ。
徹底的に他国において自分たちの氏素性がばれないためだ。

 亀三が()()()家老(かろう)から他国の情報収集のため雇われていた時の事である。
雇い主である家老の()()()()()が、道場破りにより完敗した。
家老は激怒した。

 亀三は家老から道場破りの暗殺を命じられる事となった。
破られた道場の者が決闘を申し込み、その結果道場破りが敗れ死亡したと見せるのが任務である。
当然、亀三が雇われた時の条件と違う依頼であるので、破格の別手当で亀三はそれを受けた。

 道場破りをしたのは、この神社の宮司・神一郎(しんいちろう)であった。
神一郎は陽の国で道場を渡り歩いていた。

 神一郎は道場を訪ねては一手ご指南を仰いでいた。
そして自分より腕の立つ者がいたならば、その道場で修行をするつもりであった。
だが、陽の国の都のある道場で修行して以来、自分より腕の立つ者に遭遇する事がなかった。
そのため陽の国の都から北に延びる街道に沿って北上していた。
街道沿いにある道場を片っ端から訪ねては教えを請うていたのだ。

 そのため亀三は簡単に神一郎の所在を掴むことができた。

 亀三は神一郎を付け、ある道場に入るのを見届けた。
やがてその道場で他流試合があると耳聡く聞きつけた周辺の町人が集まり始める。
町人達が野次馬根性で道場の窓から見学しているのに亀三は混じった。
亀三は神一郎の試合を見て、目を見開いた。

 あっという間に相手は投げ飛ばされ、あっけなく道場は降参をしたのだ。

 亀三は驚きはしたが、己の腕に自信があった。
これは道場における試合で、命を賭けた試合ではない。
命をかけた実戦経験をしなければ、いくら強くても机上(きじょう)空論(くうろん)のようなものだ。

 命をかけた試合は異常な緊張感の中で行われる。
どうしても保身に走り身が固まり、道場での試合のように動けなくなる。
そして己の得意技で勝とうと、周りが見えなくなることが往々にしてあるのだ。
亀三は若い神一郎などその類い(たぐい)だと思った。

 亀三は神一郎が道場を後にし、次ぎの町に行く後ろを追った。
やがて神一郎は宿場町から外れ、往来の人が途絶えた。
亀三はこれを好機と判断した。

 亀三は街道からすこし外れた(やぶ)の中を()けて先回りする。
街道が緩やかに曲がり、藪などで神一郎から見えない場所に亀三は飛び出た。
そして持ち歩いていた荷物から侍の衣装を取り出し素早く着替え、荷物を道路脇に隠した。

 やがて神一郎が亀三のいる場所に姿を現わす。
神一郎は亀三を避けて横を通ろうとしたのを、亀三は(はば)む。
亀三は神一郎に声をかけた。

 「一手、手合わせを願おう。」

 その言葉に神一郎はきょとんとした。
そして、のほほんとした声で亀三に訪ねる。

 「どこの道場の方ですか?」

 その問いに、亀三は何も言わず神一郎を見据える。

 「無口な方ですね・・。
武者修行をしておりますので試合をお受けしますが、どこの道場で試合を?」

 「ここでだ。」
 「ここで、ですか?」
 「そうだ。」
 「審判は?」
 「要らぬ。」

 「はて? ではどうやって勝敗の公平な判断をするのですか?」
 「生き残った者が勝ちでよかろう。」
 「生き残った者?」
 「勝敗が明確でよかろう。だから審判などいらぬ。」
 「なるほど・・・。そういう事ですか。
で、どなたからの指図で。」

 その問いに亀三は答えなかった。

 「まぁ、いいでしょう。」

 そういって神一郎は旅装束(たびしょうぞく)をそこで解き始めた。
その様子を見て、亀三は心の中で呟く(つぶやく)

 『此奴(こやつ)・・、まったく死闘に動じておらぬのか?』

 亀三は眉根(まゆね)を寄せた。
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