第90話 依頼を受ける前に・・説得してもらおうじゃないか その1

文字数 2,180文字

 帝釈天(たいしゃくてん)は腕を組んで嫌そうな顔をする。

 目の前には見上げるほどの大男、いや閻魔大王(えんまだいおう)がいる。
それも帝釈天に向かって、深々と頭を下げている。

 その状態が5分ほど続いた。
やがて帝釈天(祐紀(ゆうき))は、溜息をついて天井を見つめた。

 「はぁ~・・、よりによってこのタイミングで・・。
 まあ、人間界とここでは時間の流れが違うからいいようなものの・・。」

 そう(つぶや)く帝釈天を、閻魔大王は頭を下げながら上目遣い(うわめづかい)に様子を伺う。
だが、何もいわない。
何かいうと怒られそうで、顔をあげられないのだ。
閻魔大王ともあろうお方が、である・・・。

 「まず、母に許可を(もら)って下さい。」
 「えっ!! あ、いや・・・、そ、それは!」

 「いいですか、そうしないと私が母に()ねられます。
 結果、膝枕(ひざまくら)をさせろだの、お茶に付き合えだの・・。」

 「よ、良いではないか!
 (うらや)ましいくらいだ!」

 「帰ります。」

 「ま、待て!
 待ってくれ!
 分かった、わかったから!」

 「では、今すぐ。」
 「え?!」
 「”え?”ではないですよ。
 今呼ばないと、どさくさに(まぎ)れて有耶無耶(うやむや)にする気でしょ?」
 「うっ!・・・。」
 「何が、うっ! ですか!」

 閻魔大王はその言葉に項垂(うなだ)れた。
だが、帝釈天は(ゆず)らない。
なぜなら閻魔大王は、いつもこのように誤魔化(ごまか)すからだ。

 やがて閻魔大王は(あきら)めた顔をして、溜息をつく。
そして、手元にある呼び(りん)を振った。

 チリン、チリチリン・・・

 暫くするとドアが開き、青鬼が顔を出した。

 「閻魔大王様、お呼びですか?」
 「うむ、奪衣婆(だつえば)此処(ここ)へ呼んできなさい。」
 「わ、私がですか! 嫌です!」

 その様子に帝釈天(祐紀(ゆうき))は溜息を吐いた。
やはりな・・と。
そんな帝釈天の様子が目に入らない青鬼は(せつ)に訴える。

 「奪衣婆(だつえば)様は機嫌がいいときは天使のような方です。
 ですが閻魔(えんま)大王様からのお茶の誘い以外は無理です。
 絶対に簡単には了解してくれません。
 子供みたいに、イヤイヤをするんです!
 私の身になってください。
 まるで私が奪衣婆様を困らせているように見えるんです。
 周りからの視線が痛いんです!」

 そういって青鬼は目を(うる)ませる。

 祐紀はだいたいこうなることは想定していた。
閻魔大王が、母である奪衣婆を呼び出すときは(ろく)な事が無い。
たいがい閻魔大王が苦手とすることを奪衣婆に丸投げするからだ。

 だが奪衣婆は優秀で人(神?)を動かすのがうまい。
引き受けたことは迅速に解決してしまう。
だが、それに対し閻魔大王の頼み方が下手なのと丸投げがいけない。

 相変わらずの閻魔大王と母である奪衣婆の変わらない様子を感じ、再び深いため息が出た。

 閻魔大王は部下である青鬼にパワハラを行う。

 「嫌ならいい。
 お前の代わりはいくらでもいる。
 そうだな~・・、お前の役職を牢番に変えるか?」

 「え!! そ、そんな!
 そんなことをしたら深夜勤務があるじゃないですか!
 私は新婚ですよ!
 今、愛の絶頂期ですよ!
 夜を楽しみにしているんですよ!
 今日だって、帰りにネグリジェをプレゼントしようと!
 私の赤鬼である奥さんに似合うやつをやっと見つけたんです!
 それも通販で。
 妻に内緒で買ったんです。
 それが今日届くんです。
 あれを着けた妻は・・・
 でへへへへ・・・
 ・・・
 それなのに、そんなに楽しみにしていたのに!
 そ、そんな私の幸福を邪魔するんですか!
 鬼です、あなたは!
 鬼の私ですら、鬼だと思います!
 組合に訴えます!
 いや、労働基準監督署に訴えます!」

 「あ、いや! 待て!
 悪かった! 私が悪かった!
 労働基準監督署はやり過ぎだろう~、な?
 悪かった。
 私が悪かった。
 だから、機嫌(きげん)を直せ、な。
 今度、飲みに連れて行ってやるから、な?」

 なんか話しが変な方向に向いてきた。
閻魔大王と青鬼の漫才を見ているのもいいが、バカらしくなってきた。

 「ゴホン!」
 「あ、帝釈天様、いらしたんですか?」

 をぃ! 気がついていなかったのか?
そう帝釈天は思ったが、気を取り直した。

 「なあ、君、奪衣婆(だつえば)に私が此処(ここ)に居ると伝えなさい。
 そうしたら機嫌(きげん)良く来ると思うんだが?」

 その言葉に青鬼の顔が、パ~っと輝いた。

 「有り難う御座います! 帝釈天様。
 さすが閻魔様より頼りになります。」

 「こら! (わし)よりたよ・」

 閻魔大王が抗議しようとした瞬間、青鬼は帝釈天に深々と頭を下げると同時に部屋を猛ダッシュで走って出て行った。

 開け放たれたままのドアを閻魔大王と、帝釈天が見つめた。
そしてどちらからともなく見つめ合う。
そして、同時に溜息を吐くのだった。
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