第231話 裕紀・養父に会う その4

文字数 2,482文字

 その部屋には、神一郎一人がいた。
布団の上で上半身を起こし、裕紀を見つめていた。
顔色は良い。

 笑顔で裕紀に声をかける。

 「裕紀、心配をかけた・・、かな?」
 「心配をかけたかなではありません!」
 「そう怒るでない。」
 「言霊を聞いたとき、心臓が止まるかと思いました。」

 「そうか、それは済まん。
つい、な・・。
ちょっと、なんだ、その・・、うん、死ぬかもしれぬと思って。」

 それを聞いて猪座が、口を挟む。

 「死ぬかもではなく、私が通りかからねば死んでいましたよ?」
 「そうか?」
 「はぁ~・・、あの状態で元気ですというつもりですか?」
 「うん? 言えないかな? うん、言えないかも。」
 「死ぬ寸前だったと、素直にいったらどうですか?」

 「あ、そう?・・。
いや、うん、そうかもな、うん、そうだね。
お前が助けてくれなければ、死んでいたな。」

 亀三がその返答にあきれた顔をした。
そして、神一郎に疑問を呈した。

 「神一郎様がやられるなどと、さてはそうとう油断なさっていましたな?」

 「え? あ、うん、そうだね、油断の一言だね。
若気のいたり、かな?」

 「若気のいたり、ですか?・・。」

 「え? そこを突っ込むの?」
 「若いとでも?」

 「・・・分かった、そう睨むな。
そうだ、お前の言うとおりだな。
儂も歳だということかもな。
うん、だから神社は裕紀、お前が継いで宮司をやれ。」

 「いやです!」
 「へ?」

 「へ?、ではありません!
私は養父様にお願いがあって、実家に問い合わせれば、行方不明だという!
いったいいい歳をして、どこをほっつき歩いているんですか!」

 「え? 陽の国だけど?」
 「へ?」
 「陽の国の都とか、陽の国の外れ、ちょうど陰の国の反対にある辺鄙な片田舎とか。」

 裕紀は陽の国の都と聞いて、ポカンと口をあけた。

 「あ、あの! 養父様、今、陽の国といいましたか?」
 「ああ、言ったが?」
 「え? 陰の国の陽の国との国境付近で何かしていたのでは無く?」
 「ああ、都にも行ったぞ?」

 「え? あれ? え? 何をするために?」
 「神薙(かんなぎ)巫女(みこ)様に会いに行っていたんだけど?」
 「へ?」

 裕紀は養父の言葉が、一瞬理解できなかった。
裕紀は思考が一瞬止まり、養父の言葉を反芻する。

 確か()()()()()様に会いに行ったと聞こえた・・。
いや、聞こえたような気がする。
え?・・、いや、そう聞こえた。
・・・気のせいか?
・・・・。

 裕紀は意を決して、もう一度聞く。

 「よ、養父様・・、今、神薙の巫女様と言ったような?」
 「言ったよ。」

 「ああ、やはり・・、え?
え!!!、ええええ!!!!」

 「ん? 何を驚いているんだ、裕紀は?」
 「な、何故!」
 「え? 理由が知りたいの?」
 「はい!」
 「教えない。」
 「へ?」

 「言わないよ。」
 「な、何故!!」
 「だって、秘密にして欲しいと言われているから、ね。」
 「だ、誰にですか!!」
 「さぁ~、誰だろう?」

 「養父様!」
 「だ~め! こればかりは教えられない。」
 「・・・。」
 「知りたければ神薙の巫女様に手紙でも書いて聞けば?」

 裕紀は神一郎を睨んだ後、頬を膨らませ、俯いた。

 「裕紀?」
 「・・・。」
 「裕紀?、・・・・裕紀?」
 「・・・。」
 「ああっと、あのね、拗ねても教えないから、ね。諦めろ。」

 亀三はこのやりとりを見て、肩をふるわせていた。
笑いをこらえているのだ。

 おそらく宮司様は、裕紀様をからかっている。
だが、おそらく真実は裕紀様に話す気はないのだろう。
このやりとりを聞いて笑わずにはおれない。

 そんな亀三に気がついた裕紀は亀三を睨んだ。
亀三は笑いをかみ殺し、神一郎に聞く。

 「宮司様、今はどのような具合ですか?」
 「ああ、もう起き上がって散歩ができるようになってきている。
だが、先日、ちょっとふらついてしまってな。
猪座が、今日は安静にしていろとしつこいのだ。」

 それを聞いて猪座が何か言おうとした時だ。

 「おじちゃん、お茶、もってきたよ?」

 そう言って、お恵が部屋に入ってきた。

 「あ、お恵、ありがとう。」
 「どうしたの、おじちゃん? あ、お客さんだった?」
 「ああ、お恵にはまだ挨拶してなかったのかな?
これが儂の息子で裕紀、それと神社に勤めている亀三おじいさんだよ。」

 その言葉に亀三がかみつく。

 「お、おじいさん?! ちょ、宮司様、それはないんじゃない!」
 「うん、おじちゃん、それは酷いよ。」

 お恵もそう言って、神一郎に、めっ! と、怒った。
神一郎はそんなお恵に笑いながら、謝る。

 「ああ、ごめん、ごめん、そうだね、おじちゃんだね。」
 「うん、許してあげる。」

 裕紀は、そんなお恵の様子をにこやかに見ていた。
そして、しゃがみ込み、お恵と目を合わす。

 「お恵ちゃん、養父様の面倒をみてくれてありがとう。」
 「どういたしまして。」
 「大変だったでしょ?」

 「そうでもないよ。
おじちゃん、ちゃんと私の言うことを聞いて、いい子だったよ?」
 「あははははは、そうか、いい子にしていたんだ。」

 お恵の言葉に笑いながら答え、裕紀はちらりと神一郎を見た。
神一郎は、何故か気まずそうに目をそらす。
おそらくお恵の目を盗んで、リハビリでもやっていたのだろう。
それで倒れて、今日は安静と言われたに違いない。
そう裕紀は判断した。

 「さて裕紀様、亀三さん、夕飯はまだでしょ?」
 「え? あ、はい。」
 「では食事にしましょう。」
 「宜しいんですか? 私達も頂いて。」
 「ええ、今日、来ることは分かっていましたので。」

 「ああ・・、養父様がそう告げたのですね。」

 「はい。
宮司だとは聞いていたのですが、まさか、本当に宮司で、しかも、霊力があるとは思っていませんでしたが。」

 「猪座、儂は大した霊能力はない。」

 「でも、こうして裕紀様が来られることと、おおよその時間を当てたではないですか。」
 「まぁ、それは、息子だからな。」
 「謙遜はいりませんよ、神一郎様。」
 「・・・うむ。」
 「さぁ、皆さん、食事にしましょう。」

 こうしてその晩、夕食をいただき一泊をすることとなった。
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