第9話 異次元への転生・姫御子

文字数 3,848文字

 「おぎゃー」

 元気な声が神殿に木霊する。
その声を聞き、神官達は驚きを隠せず、赤子の周りに集まった。

 その赤子は神殿の女神像の台座に忽然と現れた。
神官は余りのことに、しばし固まっていたが、我に返り神官長へ報告するために走り出した。

=======


 その国は、()の国。
侍と呼ばれる貴族が国家を治める国だ。
身分は士農工商に分かれ、厳密に区分されていた。
赤子が現れたのは

出雲(いずも)にある神殿だった。

 この国では神話が語り継がれいる。
女神が神話歴2525年に転生し、世界に平和をもたらすとされている。
それと同時に、地獄の帝王・馬頭牛頭(めずごず)が女神の転生せし者を亡き者にしようと動き出すと預言されている。
もし、女神が転生した女性を馬頭牛頭が亡き者にすると、この世は乱れ地獄と化し、逆に女神が転生した女性が成人して自我に目覚めれば、この世には1000年の平和がもたらされるという。

 人々は、女神を信仰こそすれ、神話や預言など信じていなかった。
なぜなら中世の時代ならいざ知らず、文明が発達し、便利さを手に入れ、お金さえあれば贅沢や、地位さえ手に入れられるこの時代、おとぎ話のような話しを信じる者などいない。
信仰は名ばかりで、真摯に女神に祈りを捧げる者はいなくなってしまっていた。

 この時代、政府の難関試験にさえ合格すれば、強大な権力、豪勢な生活を手に入れられるため、有力者の親により一部の子供だけが教育を独占して難関試験の合格を独占した。
さらに昔から引き継がれた恥じの文化が異国文化の影響で衰退したことにより、他人を蹴落とす謀略術(帝王学の一部)が有力者の秘められた学問となり、自分の障害になりうる者を失脚させ、自分の逆らわず役に立つ者のみを臣下にし、この世の春を謳歌していた。

 そのような国で絶大なる権力を持った神殿に(いち)は転生をしたのだった。
それも人から産まれるのではなく、突然に女神像の足下に赤子として出現するという、神の演出によってである。

 市は最高司祭の養子として育てられることとなった。
これは無理からぬことで、前述したように庶民から、武家まで全ての人に崇拝されている慈愛の女神像の元に忽然と現れた赤子なら、話題性と神秘性から権力者が育てようとするのもうなずける。

 市は最高司祭の庇護のもと、十分な教育を受け育つこととなる。
この国では巫女のトップである姫御子(ひめみこ)には名前はない。
姫御子という階級名は唯一無二、一人の人間にしか与えられない呼び方であり、それが崇拝と畏怖という観点から名前代わり呼ばれるからだ。
 
 そして姫御子は物心が付く前から、特別な能力を神官達に目撃され、形だけだった姫御子呼ばわりから、いつしか畏怖と尊敬を込めて、姫御子と呼ばれるようになっていった。

 神官が最初に姫御子の不可思議な能力を見たのは、庭で姫御子が一人でベンチに腰掛けているときだった。
姫御子の手に小鳥が乗り、小鳥が盛んに姫御子に鳴いていた。
暫くすると姫御子は神官の元に血相を変えて走ってきた。

 「お願い! 直ぐに奉行所に使いを出して下さい。
一本松(いっぽん)村の湖の下流にある人々を、直ぐに湖より上にある(かえで)村に非難させて!」

 神官は姫御子の必死の形相に驚いたが、子供の言うことだ。
なにか、いたずらだろうと考えて、逆らわずに言葉だけで誤魔化した。

 「わかりました、直ぐに奉行所に使いを出します。
姫御子様は、安心して小鳥たちとお話をしていてください。」

 「で、でも、私も行きます!」
 「いえ、姫御子様が来られては、村人の避難がやりにくくなります。」
 「・・・分かりました。
でも、お願い、直ぐに奉行所に行くと約束して!」
 「はい、そのようにします。」
 「私は自分の部屋で、村人の避難が無事出来たか報告を待ちます。」

 そう言うと姫御子は俯き加減に自分の部屋に戻った。
一方、神官は姫御子が部屋に戻る姿を見送った後、外に出る振りをして寺院内の食堂にゆっくりと向った。

 この神官は昼食を食べ損ねていたので、遅い昼食を取ることにしたのだった。
昼食を盆に載せ、適当な席に着き食べ始めた。
遅い時間に来たせいもあり、おかずは冷めており思わず舌打ちをした。
そしておかずを弄びながら、食堂においてあった雑誌を見ながらユックリと小一時間かけて食事をした。
昼食を食べ終わり、食堂でお茶を呑みながら、先ほどと別の雑誌をよみ始めた。

 この神官は、昨日まで徹夜続きだった。
やっと今朝方仕事も一段落したので、今日はもう仕事はやめて食事をして帰ることにしていたのだ。
その矢先に姫御子に奉行所に行くように言われ、仕方なくここで時間を潰して夕方頃に避難を完了させたと報告をして帰るつもりだった。
内心では姫御子のままごとに付き合わされるとは思わなかったと悪態をついていた。
姫御子に報告したら、ちょっと飲んでから帰ろうと決めた。
思わず疲れから欠伸が立て続けに出て、止まらなかった。

 雑誌をのんびりと3冊ほど読み終えた頃、3人の同僚がお茶を飲みに食堂にやってきた。
その同僚は、こちらに気がつくとお茶を乗せた盆を持って、こちらに来て同じ席に座った。

 「なあ、聞いてくれよ、姫御子なんだけどさ。」
 「どうした?」
 「一本松村の湖の下流の村人を、すぐに非難させろと騒ぐんだ。」
 「なんだそれ・・、子供の遊びにしては人騒がせだな。」
 「そう思うだろう?」
 「ああ、確かにな・・、想像たくましいが、ちょっと悪質なお願いだな。」
 「いや! ちょっと待て、可笑しいぞ?」
 「何がだい?」
 「なぜ姫御子は一本松村という地名を知っている?」
 「地図でも見たんだろう?」
 「言っておくが、姫御子の周りに地図なんて無いぞ。」
 「え? それじゃあ、誰かから聞いたんだろう。」
 「そんな何もない村を誰が話すんだ?
それに、その村の湖は軍事的に重要だったはずだ。
必要最低限の人間しか知らない地名で、さらに人に話すことを禁じられている湖だぞ?」
 「え!・・・。」

 それを聞いた神官は青くなった。
そうなると姫御子は村の名前と湖の事をどうやって知ったんだ?・・。
姫御子のあの慌てようは急を要する慌てようだった。

 何か悪い予感がした。
姫御子と会ってから、すでに3時間位経過している。
奉行所は急いで行くと5分位だ・・、奉行所が直ぐに動けば一本松村まで馬で30分、村人の非難で2時間というところか・・。
今から行けば、2時間30分位で非難が完了する・・、どうしよう・・。

 そう思っていたら、食堂に入ってきた神官が、別の神官と深刻な顔で話しているのが聞こえてきた。

 「つい10分位前に早馬が奉行所に駆け込んできたそうだ。」
 「何があったんだ?」
 「ほら、一本松村に湖があるだろう?」
 「おい、その湖は人と話すのは不味いぞ。」
 「そうかもしれんが、まあ聞けよ、その湖が決壊して下流にあった家が流されたそうだ。」
 「なんだと! あそこのうちの1件は有力貴族の別荘があったはずだ!」
 「まあな・・、でも、たぶんその貴族は別荘にいるはずだ。助からないだろうな・・。」
 「あのお貴族様・・、たしか庶民から慕われていた奇特な人だったよな・・。」
 「ああ。惜しい人を亡くしたものだ。」

 この会話を聞いていた神官は、自分の過ちに愕然とした。
同僚は無表情となる。
そして、呆然としている神官に声もかけずに食堂を出て行った。

=================

 それから暫くして姫御子の予知について噂が流れた。
ただし、姫御子に、その予知の結果を耳に入れることは禁忌とされ、姫御子が自分が予知した村が全滅したことが知らされることはなかった。
姫御子には、予知により村が救われたと報告され、姫御子は周りから褒め称えられた。

 そして、この予知後から、姫御子の側近は姫御子から離れることがなくなった。
姫御子が何時予知を告げるかわからず、一刻を争う内容とも限らないからだ。
その結果、予知に迅速に対応でき災害で人が亡くなることが少なくなった。

 ただ、姫御子は何か最初の予知で死人が出たことを、なんとなく感じていた。
誰も彼も姫御子のおかげで人が助かったと聞かされ、噂さえも耳に入らないのに。
その理由は、人が嘘をつくと、その人がまとっている色が変わるのが姫御子には見えたからだ。
しかし、姫御子は周りが隠していることに対し、何も言わなかった。

 ただ、最初の予知から姫御子は熟睡することがなくなった。
お側のものが姫御子が寝たのを確認し、しばらくしてから姫御子の様子を見に行くと、寝ていたはずの姫御子が気配を察し直ぐに目を開けて、何かあったかと尋ねてくる。
最初は偶然だと思ったが、その後、寝ている姫御子の様子を見に行くと必ず姫御子は目を覚ましている。
姫御子に、なぜ目を覚ましてしまうのか側近が聞くと、いつ神様や動物が災害を知らせてくれるか分からないし、急を要するかもしれない。人が死ぬのも見たくないと、ぽつんと話したという。

 神官達は、姫御子の健康を心配し安眠できるように細心の注意を払ったが徒労に終わった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み