第233話 陽の国・これから・・・ その2

文字数 2,439文字

 神一郎(しんいちろう)裕紀(ゆうき)神薙(かんなぎ)巫女(みこ)の事は全て知っていると思っていた。
悪友である寺社奉行(じしゃぶぎょう)佐伯(さえき)が教えているだろうからと。

 だが、裕紀は神薙の巫女の噂については知らなかった。
おそらく噂は根も葉もない事なので佐伯は伝えなかったのであろう。
もし伝えたら裕紀の事である、陽の国に単身で乗り込んできたやもしれぬ。
その点で佐伯の判断は正しいと神一郎は思う。

 それに神薙の巫女の件は、神一郎が緋の国から救い出し曲者は捕らえ始末した。
あとは神薙の巫女の養父が後始末をうまく行うはずだ。

 そのため裕紀に神薙の巫女の事は心配ないと軽い気持ちで話してしまった。
猪座が聞いている事など気にも留めずに。

 無理も無い事である。
一命を取り留めほぼ回復したのと、息子に会えた(うれ)しさから気が緩んだのである。

 さらには猪座は親身になり看病をしたのだ。
それにより猪座に打ち解けており、身内感覚になっていた。

 だが、猪座は陽の国の者で元は国に仕えていた武士である。
その事を忘れていたのだ。

 神一郎は内心で苦虫を噛みつぶす。

 裕紀はというと、猪座の様子より亀三に意識がいっていた。
亀三の反応から、養父である神一郎がなぜこの国に来たのかを知っていたのだと感づいたのだ。

 養父の事を知っていて何でそれを私に話さない?!
裕紀は亀三に抗議をしようとした。
だが、それより先に猪座が呟いた。

 「姫御子(ひめみこ)様は一介の巫女となるお沙汰(さた)をもらったと御触書にあった・・。
そして神一郎様は姫御子の話しをしていたのに、神薙の巫女様の話しになっている。」

 神一郎は無言であった。
猪座はそんな神一郎をじっと見据えて話す。

 「先日、私に話してくれた神一郎様が襲われた経緯。
ある人物を緋の国から守ったため、緋の国から報復を受けたという・・。
あれは、神薙の巫女様をお守りした話しだったのではありませぬか?
もし、神一郎様が神薙の巫女様の素性を知って動いていたならば・・。
それで全ての辻褄(つじつま)があいます。
姫御子様は神薙の巫女様と今は名乗っておいでなのですね?」

 「・・・。」

 神一郎は無言を押し通す。
猪座はそれは()と受け取った。

 「そうですか、そうだったのですね。
神一郎様は、うまくボカして話すものです。」

 猪座はそう呟き無言となった。
猪座は考える。
御触書にある国の中枢で起きたことを、何故に神一郎が事の真相を知っているだろう、と。
だが、猪座には何も情報がない。
考えても始まらないので、考えるのをやめた。

 次に神一郎が話した、神薙の巫女様を通りがかりに助けたという事を考える。
神一郎はどこで神薙の巫女様と出会ったのだろう?
偶然にも市中で神薙の巫女様が襲われている所に通りかかったのだろうか?
いや、ありえない。

 元姫御子様は国主の不興を買われた身だ。
自由に市中を行動できるわけがない。
最低でも幽閉のはず。
神一郎が会えるような場所にいるわけがない。
神薙の巫女に会えるとしたら、この国の官僚、教会関係者ぐらいであろう。

 それとも何か会える方法があるのだろうか?
神薙の巫女様の護衛兼監視役か?
あの腕前なら護衛を神一郎がしていても不思議はない。
いや・・、それもない。
仮にも元姫御子様だ。
その護衛に、腕が立つとは言え他国の者に護衛など任せるはずはない。

 では、どうやって神一郎が神薙の巫女様と接触し、助けたのか・・。
まったく想像がつかない。
お手上げである。

 猪座は考えるのをやめた。
引っかかっている重大な事を聞く必要があったのだ。

 「神一郎様、なんで神薙の巫女様の事を裕紀様に心配するなとおっしゃったのですか?」
 「・・・・。」

 答えない神一郎から目を外し、猪座は今度は裕紀に問う。

 「裕紀様は神薙の巫女様を心配しておられるのですよね?」

 そう言って猪座は裕紀をじっと見つめる。
裕紀は猪座の目を真っ直ぐに見返し、すこし間を置いて答えた。

 「・・はい、心配しております。」

 裕紀は正直に答えた。
猪座に嘘偽りを言うのは良くないと考えたからだ。
なぜ、そう思ったのかは分からない。

 猪座は再び裕紀に問う。

 「裕紀様はあの噂のように、姫御子様を陰の国にお誘いしたのですか?」

 裕紀は直ぐには答えず、猪座の目を見つめ返す。
うかつに答えるとまずいような気がした。

 即答しない裕紀に、猪座の目が鋭くなる。

 今の猪座はマタギではなく、武士に戻っていた。
国への忠義は今も昔も変わらない。
自分に対し(ひど)い仕打ちをした国主を見限ってもだ。

 それは、民のため、国のために働いたという矜恃があったからだ。
それを支えに生きている。
マタギになっても、心は武士のままであった。
だから自分の国の霊能力の第一人者である元姫御子巫女様を(さら)うとなると見過ごせない。
いくら命の恩人の息子であっても、だ。

 自分がまるで歯が立たないであろう神一郎を敵に回しても裕紀を阻止する。
そう猪座は腹を()えていた。

 裕紀は神一郎の顔を見た。
神一郎は頷く。
裕紀の好きなように話せ、という事である。

 裕紀は慎重に言葉を選びながら猪座に話し始めた。

 「まず、誤解をしているようなのでそれをときます。」
 「・・・。」

 猪座は鋭い眼差しのまま、裕紀が何を言おうとしているのか分からず瞬きをした。

 「私は神薙の巫女様を、我が国に来て住むように言ったことはありません。」
 「つまり、あの噂は嘘だと。」
 「はい。」

 迷い無くきっぱりと言い切った裕紀を猪座はじっと見つめた。

 「ですが・・。」
 「!」

 「いや、これを話す前に・・。
猪座様は、ご神託をどう思いますか?」

 「どう思う? それはどういう意味ですか?」
 「ご神託を信じますか、胡散臭い(うさんくさい)とお思いですか?」
 「・・・。」
 「どう思われます?」

 猪座は裕紀が何を意図して聞いてくるのか分からなかった。
だが、真摯(しんし)に聞いてくる裕紀に正直に答える。

 「神薙の巫女様や、霊能力者である裕紀様のご神託なら信じましょう。
ですが、それ以外の方は胡散臭いと考えますが?」

 「そうですか・・。」

 裕紀は猪座の答えを聞いて、軽く(うなず)いた。
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