第265話 陽の国・神薙の巫女 その2

文字数 2,594文字

 「何故、情報部の者に神一郎という名前を使わせぬか理由はわかるか?」
 「・・・。」

 「彼奴には情報部としての仕事を頼む時は余程の時なのだ。
だから彼奴の事は情報部の者であっても知る者はごく一部。
秘密裏に行動する彼奴は、危険が多く儂への連絡も長期に渡りせぬ事も多い。」

 「はぁ・・・。」

 神薙の巫女は首をひねる。
それが何故、神一郎という名前を情報部の者が使わないのと関係があるのかと。

 「まだ、分からぬか・・・。
連絡を定期的に行えない彼奴がだ、彼奴が何物かに殺められていたとしても知りようがないのだ。
幸い、儂には細々とした情報から最重要な情報まで知ることができる。
儂に上げる情報を精査する者に、神一郎という名前がある報告書は全て廻すように行ってあるのだ。
そしてその情報があったなら、部下にその報告書について調べて儂に知らせるようにしてあるのだよ。」

 「だから、神一郎という名前は特別、という事なのですね。」
 「そうだ。」

 「ですが、神一郎様は偽名を使わなくてもよいのですか?」
 「まぁ、特別に珍しい名前でもないしな。かといって多い名前ではないからのう。」
 「でも陰の国の者がこの国でその名前を聞いたなら、不味いのではないですか?」
 「まぁな。
じゃが、彼奴は神官の服を着て厳めしい面を国元ではしておる。
だが、彼奴はな、この国ではお前が見たような柔和な顔になるのだ。
しかも神官服を着ていない姿など、陰の国の者は見たことがない。」

 「なるほど・・、気がついたとしても他人のそら似ですか。」
 「そういう事だ。」

 「あの・・、神一郎様と養父様はどのようにして?」
 「儂と彼奴との接点はお前に話す気はない。」
 「・・・わかりました・・。」

 「それでだ、彼奴へは依頼事項は重要で機密保持が高いものばかりだ。
情報部内でさえ、彼奴の事を知られても困る。
分かるな?」

 「はい。他国の者に情報部の仕事を任せたとなると大問題となりますから。」
 「うむ。」

 「それで・・、養父様はどうなさいますか?」
 「どう、とは?」
 「その、神一郎様に会いに行かれるのですよね。」
 「そのつもりだ。」

 「なら・・私めも同行しとうございます。」
 「・・・・。」
 「だめで御座いましょうか?」
 「裕紀か?」
 「!」

 「彼奴の事が、聞きたいのであろう?」
 「・・・・。」
 「図星であったか・・・。」
 「・・・。」

 養父は神薙の巫女が俯いたのを見ながら話しかけた。

 「一つ聞いておきたいことがある。」
 「・・・なんで御座いましょう?」
 「いつ、彼奴を好きになったのだ?」

 その言葉に姫御子はポカンとした。




 裕紀(ゆうき)を何時好きになったのか・・。
その言葉に神薙(かんなぎ)巫女(みこ)はポカンとしながらも、養父の意図(いと)が読めず警戒した。

 「(とが)めておるわけでは無い。
(わし)には分からぬのだ。
お前がそれほど彼奴に()かれた理由が。
彼奴とは、一回しか会ったことがないのであろう?」

 「はい・・。ですが・・。」
 「ですが?」
 「何度も会ったような気がします。」
 「?!・・・。」

 「あ、いえ、実際、会っているわけではないですよ!」
 「では、どういう意味だ。」
 「それが・・、私にも分からないのです。」
 「分からない?」

 「それが・・何と言えばいいのでしょうか・・。
確かに現実には会っていない(はず)なのです。
ですが、会ったという感触があるのです。
それも何回も。」

 「夢告げ(ゆめつげ)・・みたいなものなのか?
それとも霊夢(れいむ)なのか・・。」

 「いえ、おそらくはどちらも違うかと・・。」
 「・・・? では単に夢で見たことと混同しておるのではないのか?」
 「いえ、そうでは有りません。」
 「随分とハッキリと断言するな。」
 「はい。」

 「根拠(こんきょ)は?」
 「根拠、で、御座いますか?」
 「そうだ。」
 「根拠は御座いません。」
 「はぁ?! なんだそれは!」
 「何だと言われましても、そうなのです。」
 「・・・。」

 最高司祭は神薙の巫女をじっと見据える。
やがて何かに気がついたのか、ハッとする。

 「まさか・・・。」
 「?」
 「神の意向か・・・。」
 「え?!」
 「・・・・。」

 最高司祭は(あご)に手を当て、考え始めた。
そして独り言を言う。

 「そうか、そういう事か・・・。
彼奴(あやつ)もその可能性に気がついたという事か・・・。
だからまた此処(ここ)に戻ってきたのか・・・。
ならば彼奴(あいつ)の息子も・・・。」

 「あ、あの・・養父様?」
 「・・・・。」

 神薙の巫女には最高司祭の独り言は、あまりにも小さな声であったため聞こえていなかった。
ただ、最高司祭が真剣に何か考え始めた事に戸惑う。
神薙の巫女は最高司祭が口を開くまで待つ事にした。

 それから暫く後、最高司祭は神薙の巫女に視線を合わせる。

 「神薙の巫女よ、一緒に神一郎に会いに行くことを許可しよう。」
 「え?! (よろ)しいのですか?」
 「ああ、よい。」
 「有り難うございます!」

 「お忍びで会いに行く用意が必要だ。」
 「はい。」

 「会いに行く日は神への祈りの日として、礼拝後は部屋に閉じこもるように命じよう。
そうだな、閉じこもる期間は、礼拝後から、翌々日の早朝まで。
儂は礼拝後、極秘にお前を迎えに行く。
お前が着ていく服装は、そうだな・・、町人の男装としよう。
衣装はあらかじめ、こっそりと届けさせる。
この事は、ばれたら事だ。
よいな?」

 「・・・はぃ・・。」

 神薙の巫女は養父の言葉に頷いた。
ただ、養父があまりにも簡単に神一郎への面会を許可した事に困惑を隠せなかった。

 神薙の巫女は考える。
神一郎に会って、裕紀の事を聞いたり話したりしたい。
だがその反面、本当にそうしてよいのだろうか、と。

 そんな娘の様子に気がつき、最高司祭は柔和な顔を取り戻し声をかける。

 「心配するでない。」
 「え?!・・・。」

 「何があっても儂はお前の味方であり、教会の者だ。
何よりも神に仕える者なのだ。
よいな?」

 「えっと・・・。」

 「あまり深く考えず、神一郎と会うことに期待しておれ。
うまく行けば裕紀の恥ずかしい昔話が聞けるぞ?」

 「よ、養父様!! そ、そのような!」
 「何を照れて慌てておる?」
 「よ、養父様の意地悪!! 嫌いです!」

 「そうであろうな、お前は裕紀さえ居れば良いので有ろう?」
 「養父様! お、怒りますよ!」
 「はははははははは!」
 「わ、笑い事ではありませぬ!」

 そう言って神薙の巫女は頬を膨らませ、ソッポを向いた。
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