第243話 緋の国・白龍 その5

文字数 2,264文字

 皇帝陛下から二週間以内に地龍を捕獲せよといわれた直後、宰相(さいしょう)は慌ただしく執務室に戻ろうとした。

 だが、こういう時に限りそうはいかないものである。
廊下を歩くたびに各部門の責任者に呼び止められ、何かと相談や承認を求められる。
さらに本来なら自分の執務室に来るように言いつけて、執務室で説明させる案件があった。
だが、その時間が惜しかった。
そのため、近場にあったその部門まで自ら足を運び処理をする。
宰相という立場上、業務を蔑ろ(ないがしろ)にして地龍の件にのみ専念などできないのである。

 イライラを募らせながら、自分の執務室に戻ってきたのは皇帝の面会から3時間後の事である。

 執務室に戻るとすぐにバリスを呼ぶように部下に命じる。
宰相の剣幕に驚いた部下は、慌ててバリスを呼びに行った。

 宰相は机の上においてあった水差しから水をコップに注ぎ、一気にあおった。
(くちびる)から(したた)る水を右手の甲で乱暴に(ぬぐ)う。

 するとドアがノックされた。

 「入れ!!」

 ドアを開け、のほほんとした様子でバリスが執務室に入ってきた。
だが、バリスは宰相のただならぬ様子にハッとした。
顔色を変え、宰相に何事かと口を開いた。

 「皇帝陛下に呼ばれたと聞いておりますが、何かありましたか!?」
 「バリス!! 大変なことになった!」
 「?」

 「地龍だ!」
 「え? 地龍が見つかったのですか?」
 「違う!」

 「ああ! 剣豪が見つかったのですね?
そうであれば私の方の(わな)の設置を完了するだけとなりますね。
まあ3週間もあれば・・。」
 
 「馬鹿者! そうは言っていられなくなったのだ!」
 「?」

 「先程、皇帝から二週間以内に地龍を捕らえよと命が(くだ)った。」
 「え?!」
 「よいか、二週間以内に地龍を捕まえなんだらお前も(わし)も命は無いものと思え!」
 「!・・・。」

 バリスは唖然(あぜん)とした。
よりによって皇帝からそのような命が下るとは・・。
バリスは内心でため息を吐く。

 皇帝をあしらえない宰相とはな、と。
(ぎょ)しやすいだけで役に立たない宰相だと、心の中で毒づく。

 「宰相様、では地龍への計画を前倒しに進めるしかありませんね。」
 「そうせい!」
 「それで、腕の立つ者は(そろ)えられたのでしょうね?」
 「3人は揃えてやる!」
 「なっ!・・・。」

 「分かっておる! 5人以上は欲しいのであろう?
じゃがな、剣豪をおいそれと短期間に揃えられるか!
だから儂の護衛をお前に貸してやる。
それも三人もだ!
本来なら自分の護衛など、お前になど貸せるか!
それでなんとかせい!」

 「それでは約束が・」

 「約束もくそもあるか!
よいか、これには儂の命がかかっておるのだぞ!
四の五の言わずにやれ!」
 「っ!・・・・」

 「よいな!」
 「・・・御意。」

 宰相はバリスの返事を聞くやいなや、手を振って出て行けと合図をする。
バリスは(うやうや)しく礼をして執務室を出て行った。

 宰相は荒れた息を納めるため、深く息を吐いた。
椅子にもたれ掛かると上を向き天井を眺める。

 「皇帝陛下は龍の使役ができることを疑っておるやもしれぬ。
だから儂を試しておるのだろうか?
それにしても二週間などと無茶を言いよる。
命運()きるとはこの事か?
・・・・。
いや、まだ希望はある、か・・。
バリスになんとしても地龍を捕らえさせれば、な。
もし捕らえられなければ、あやつを皇帝陛下の前に引っ立て罪を全部被ってもらおう。」

 そう言って宰相は目を(つむ)った。
そして暫くおいて、目をうっすらと開けて(あきら)めの顔になる。

 「まぁ、彼奴一人の命だけでは許されぬであろうな。
約束を守れぬ臣下(しんか)の末路はいやというほど見てきたからのう。
まさか自分の番になるとは思いもしなんだ。」

 そういって宰相は目をつむった。

        ---

 宰相の執務室を後にしたバリスは、自分の屋敷に戻った。
城で業務などしている場合ではなかったからだ。

 部屋に戻ると、壁を思いっきり蹴飛(けと)ばす。

 「あの無能のやろうめ!
宰相などと高位にいながら、あのバカさ加減はなんだ!
皇帝を手玉にとれとはいわぬ!
だが、皇帝のいうがままとはなんだ!
本当に使えぬ奴だ!」

 そう言って、両手を握り壁をもう一度叩いた。

 やがて深呼吸を一つすると、ゆっくりと目をつぶる。
そして目を開けたときには、いつもと変わらぬ顔に戻っていた。
バリスは執務机の自分の椅子に座った。

 そしてこれからの事を考える。
地龍をおびき寄せ、捕まえるための罠は二日もすればなんとかなるであろう。
本当なら念入りに準備をしたかったが、そうもいかぬ。
だが、剣の使い手が三人しか用意できないのは痛手である。
しかし、地龍を罠にかけ捕獲できないわけではない。
とはいえ自分の安全に不安が残る。
でも、やるしか無い。

 バリスが宰相に地龍の使役を持ちかけたのは出世が目的ではない。
単に自分の子孫のために、地龍の髭が欲しいだけである。

 そもそも普通に考えればわかる事である。
地龍の使役などできるわけがない。
相手は聖獣だ。
人知が及ばない存在に、使役ができるなどと思う方がバカなのだ。
皇帝といい、宰相といい、為政者はなぜにこんなにバカなのだと思う。
だが、だからこそ(ぎょ)しやすい。

 そしてバリスには地龍を捕まえずに、この国を逃げ出すという選択枝があった。
だが、地龍の髭は取れる機会に取りたい。
先祖から受け継いだ髭は、もう残り少ないのだ。
これを逃せば、もう地龍の髭は手に入らないかも知れない。
そしたら我が一族の繁栄は望めないであろう。
多少の危険はおかしてでも、地龍の髭を手に入れねばならない。

 バリスは考えるのをやめ机に置いてあった呼び鈴手にとり鳴らした。
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