第134話 川の氾濫・流された閻魔堂

文字数 1,625文字

 祐紀(ゆうき)佐伯(さえき)の元を辞去してから一刻(いっとき)(二時間)ほどした時、佐伯は高台にある地龍神社に陣を構え川の様子を見ていた。

 川は水嵩(みずかさ)が増し、今にも堤防を越えそうな勢いである。
雨はというと、その様子とは裏腹に比較的穏やかに(あた)り一面に降り注いでいる。
上空は一面雲で覆われていた。
まだ夕方3時頃ということもあり、雨雲を通し光は降り注いでそれなりに明るかった。

 「作事方(さくじがた)は堤防の決壊に備え、色々と工事を重ねてきたのだがな・・。
自然というのは計り知れなものよのう。
まさかこれほど水嵩が増すとは・・。
作事奉行もさぞかし腰を抜かすであろうな。
彼奴は水が堤防を越えることはないと豪語しておったからのう。」

 佐伯はそう呟き、ジッと眼下を見据える。

 やがて川の水が堤防と同じ高さになり、すこし水が堤防の上を流れだしたのが見えた。
差ほど多くない水が堤防の上の土を浸食しはじめ、すこし堤防の上の土が崩れた。
ちょっとだけ崩れたように見えた直後は、まるでスローモーションで見ているかのような現象が起きる。
少し堤防の上だけ崩れたとおもったら、あれよあれよというまに欠損箇所が大きくなり堤防の一部が完全に決壊をしたののだ。
決壊して流れる水の勢いで、さらに堤防の欠損箇所が徐々に大きくなる。

 堤防から流れ込んだ濁流は、勢いよく田んぼを飲み込んでいく。
やがて広大な田んぼと農村の境界にある道に濁流が辿り着く。
濁流は貪欲に道を飲み込み、その触手がゆっくりとすこし高台にある農家の建物に近づいてゆく。
途中、木々を押し倒しそれらもゆっくりと運びながら。
やがて濁流が農家の家に到達した。
家は水で浮き始め、やがて流され始める。
流され始めた一部の家は倒壊して崩れ、濁流の中に消えるものもあった。
あるいは流されてきた大木が家に当たり、家が木っ端微塵(こっぱみじん)に吹き飛ぶ。

 その様子を佐伯は部下達と息を呑んで見ていた。

 「人の作ったものなど、自然は歯牙にもかけないものよのう・・。
まるで人がアリを踏みつけるようではないか・・。」

 その佐伯の言葉に、部下が無言で頷く。

 佐伯は視線を閻魔堂に向けた。
地龍を閉じ込めた結界をはっている御堂である。
堤防が決壊した場所は御堂から少し離れていた。
そのため堤防が決壊しても直ぐには閻魔堂が濁流に呑まれることはなかった。
だが、その御堂に濁流がユックリと近づいていくのが見えた。
まるでヘビが蛙を見つけユックリと近づいていくかのようだ。

 やがて、濁流は御堂に辿り着いた。

 御堂は最初、水に僅かに浮かさた。
そして少しづつ流されはじめる。

 「くっ! 閻魔堂が!」

 そう佐伯は思わず声を上げた。
その声に部下達は怪訝な顔をする。

 「御奉行様、閻魔堂が何か?」
 「・・・いや、何でもない・・。」
 「そうで御座りますか?・・・。」

 部下は怪訝そうな顔をしながら、それ以上は聞いてこなかった。

 閻魔堂はゆっくりと回転をしながら移動し始める。
やがて徐々に傾き始め、やがて水の中に沈んだ。

 「流され消えたか・・・。」

 そう佐伯は呟き、目を瞑った。
深いため息を吐き、ゆっくりと目を見開く。
そして、地龍が飛び出てくるかと御堂があった辺りを凝視した。

 だが、小一時間しても何も起こらない。
雨の降りにも変化はなく、シトシトと音を立て続けている。
反乱した川の水は付近一帯を飲み込み終え、これ以上は伸びなくなってきていた。

 佐伯は困惑した。

 地龍が出ない・・・?
祐紀の御神託が外れたということなのだろうか?
だが、祐紀の御神託は今まで外れたことなどない。

 「これはいったいどういうことじゃ?」

 そう佐伯は呟く。
呟きながら、地龍が出てこないことに安堵する佐伯であった。
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