第142話 緋の国・地龍の対応会議

文字数 2,369文字

 白眉(はくび)(ねぐら)微睡(まどろ)んでいるのを見ていた者がいた。
奪衣婆(だつえば)である。
奪衣婆は天界から神眼を使って一部始終を見ていたのだ。

 「やれやれ、白眉にも困ったものぞ・・。
それというのも帝釈天の無知によるアドバイスが原因じゃがな。
まあよかろう、さしたる問題ではなかろうからのう・・。」

 そう奪衣婆は呟いた。

 奪衣婆は帝釈天が下界にもどり白眉と会うまで帝釈天の記憶を消そうとしなかった。
それは母としての慈悲ともいえるものであったのであろう。
奪衣婆は帝釈天が地上に戻っても暫く天界から様子を伺っていたのだ。

 そのため奪衣婆は天界での仕事を部下に押しつけている。
今、部下達は悲鳴をあげて仕事に(いそ)しんでいる最中である。
お付きの側使えは、そんな奪衣婆に苦言を呈するものの仕事に戻ることを強制しなかった。
奪衣婆には心強い側仕えではあるが、宮中で仕事をする部下達にとっては鬼である。

 奪衣婆が帝釈天に無知によるアドバイスと言った理由であるが・・
神にとって人が地上で縄張り、即ち国と称して為政者が無知な人々を巻き込み領地争いなどしていることに興味はない。
つまり人が必死になる領土の位置関係、広さなどに興味がないのだ。

 これは人が蟻を見るのと同じことだ。
自分の家の庭で蟻の巣穴を見つけたとしよう。
巣穴を見つけどれほどの広さがあるのかとか、近隣に蟻が巣を作った場合攻め込まぬ距離、つまり境界線(人でいう国境)など興味はないのではなかろうか。
それと同じである。

 帝釈天は祐紀としての知識があったため白龍に逃げる方向をアドバイスをしたのだ。
だが白眉は人と接することが無い。
帝釈天はそのことを考えてはいなかったので、詳しく説明をしなかったのだ。

 白眉はといえば帝釈天から緋の国のある方向と逆の方向に行けと言われたアドバイスを深く考えずに聞き流していた。
だから陰の国と緋の国の国境にある山に行ってしまったのだ。
奪衣婆はそのことに気がついていたが、天界にいる身としては口出しはできない。
帝釈天の計画どおり上手く行く事を見守るしか無いのだ。

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 白眉が緋の国と陰の国の国境にいるこという情報が緋の国の中枢に届いたのは、白眉が塒を作ってから2週間ほど経ってからである。
辺鄙な場所からの情報としては異例の速さである。

 皇帝は主立った重役を招集した。
招集日、皇帝がくる前の議場は騒然としていた。
そんな議場に凜とした声が響く。

 「皇帝陛下が到着致しました。」

 近衛のこの一言で場が一斉に鎮まると同時に全員が起立する。
皇帝が暫くして入室し、自分の席についた。
そして皇帝が手を振ると、全員が一斉に腰掛ける。

 皇帝は一同を見渡し口を開いた。

 「地龍が国境に居座ったというのは誠か?」

 この問いかけに宰相が重々しく肯く。

 「はい。間違いないようです。」
 「ふむ・・、で、其方(そち)はどう動く?」

 そう皇帝が宰相に聞いたときだ。

 「お待ち下さい陛下!」

 声を上げたのは軍務大臣であった。

 「なんじゃ?」
 「このような事案は宰相ではなく私に一任して頂きたい。」
 「ほう?・・・。」
 「龍と対峙するのは軍務で御座います。」

 その言葉に宰相が鼻で笑った。

 「何をバカなことを言っている。」
 「何だと! では宰相が龍を対峙してくださるとでも言うのか!」
 「だからバカは困るというんだ。」
 「な、なんだと! もう一度言って見ろ!」
 「よいか、軍を動かして見ろ、周りの国がどう動くと思う!」
 「他国も地龍のことは知って居るでろうが!」
 「だが、それは我が国と隣国との国境に来たというだけのことだ。
軍を動かすとそれを口実にした侵略だと思わんわけがなかろう。」
 「うぬ!・・だが・・。」
 「よいか地龍が動かないとして他国が侵略だと考え戦になって勝てるのか?
いずれは他国を侵略するために軍備を整えているとはいえ、まだ充分に整って居らんことを知らんとでも言うおつもりか?」
 「・・・。」

 言葉に詰まった軍務大臣を皇帝は一瞥すると、宰相を見やる。

 「宰相よ、軍に龍を任せずしてどう龍を退治するのじゃ?」
 「それは私にお任せ下さい。」
 「ほう・・何か手立てがあると?」
 「ええ、私の部下に龍に詳しい者がおります。」
 「・・・。」
 「古より神官の家系の者でございます。」

 この言葉を聞いて軍務大臣は大声で笑い始めた。

 「ガハハハハハ! 神頼みか、宰相様は!」
 「ほう? では軍は龍を退治できるとでも?」
 「当たり前だ、所詮は動物であろうが!」

 「それでは上空を縦横無尽に飛び回る龍をどうやって仕留める?」
 「な!・・・そ、それは!」
 「それは?」
 「そ、そうだ! いつまでも飛んでいるわけではあるまい!
地上に降りたときに打てばよい!」

 「ほう? ではどこに降り立つと?」
 「うぐ!・・・。」
 「よいか軍務大臣よ良く聞け。
龍は高山を塒とする。
マタギさえも苦労するという高山にだ。
休むとすれば高山だが軍は高山に登って戦うのか?」
 「当然だ!」

 「ほう、ではどうやって龍を倒す?」
 「剣も鉄砲もある!」
 「ふん、そんなものが通じると思っているのか?
龍の鱗は鋼鉄にも勝る。
どうやって剣で切る?
鉄砲の弾が通じるとでも?」
 「な!通じんだと・・・、そ、それなら大砲がある!」
 「ほう、大砲を(かつ)いで高山に登ると?」
 「!・・・。」
 「仮に大砲を運べたとして龍に通じると思うか?
それにだ大砲を構えている間、龍が大人しく待っていてくれるとでも?
あるいは飛んでいる龍を大砲で撃ち落とせるとでも?」

 軍務大臣は押し黙った。
宰相は皇帝に向き直り進言する。

 「皇帝陛下、私にお任せを。」
 「任せるのはよいが、失敗した時は?」
 「もし、失敗したらいかような処分でもお受けします。」

 そういって宰相は笑みを浮かべた。
宰相の言葉に誰も異を挟まず、議場は静まりかえった。
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