第266話 陽の国・邂逅

文字数 2,448文字

 御宿・欅屋(けやきや)は、陽の国で一、二位を争う宿である。
そんな宿に、裕福そうな町人の親子が訪れた。
午前10時頃の事である。

 「ごめん下さい。」

 父親らしき人物が、宿屋の奥に向かい声をかける。
その声を聞き、奥から宿屋の者が出てきた。

 「お泊まりで御座いましょうか?」
 「いや、ちとお(たず)ねしたいのだが・・。」
 「なんで御座いましょうか?」
 「こちらに神一郎(しんいちろう)と申す行商人(ぎょうしょうにん)が泊まっていないか?」
 「神一郎様で御座いますか?」
 「ああ、そうだ。」
 「どのような用件で御座いましょうか?」
 「伝兵衛(でんべえ)と私は言います、取り次いでくだされ。」
 「少々お待ちを。」

 そう言って宿の者は階段を上がって行った。
しばらくすると宿の者と一緒に階段を神一郎が降りてくる。
そして伝兵衛と名乗る者を見て、神一郎は目を見開く。
そこにいたのは、この国の教会の最高司祭である草薙(くさなぎ)であった。

 神一郎の驚く様子を見て、草薙はニヤリとする。

 「これは・・、草・・ではなかった伝兵衛殿・・、まさか貴方がここに来るとは・・。」
 「なんじゃ、儂では不満か?」

 その言葉を聞いて、神一郎は呆れた顔をした。
伝兵衛、いや最高司祭である草薙は教会の一番のお偉方だ。
町中をほっつき歩くような身分ではない。
それがフラリと町中に来て、儂が来たのでは不満かと言う。
呆れるのが当然だ。

 それにだ・・
本人は町人風の格好をし、町人に化けているつもりなのであろう。

 だが、こんなに威厳のある町人など、あってたまるか!

という感じである。
ため息を吐きながら、ふと見ると、伝兵衛の影に小柄な男の子がいる。

 「?」

 誰だろうか?
神一郎が目を瞬かせせて見つめると、その男の子がオズオズと草薙の背後から顔を見せお辞儀をした。

 「かんな!・・、ゴホッ、ゴホ!
ゴホン!!
こ、これはこれは、お久しぶりで御座いますな。」

 神一郎は思わず神薙(かんなぎ)巫女(みこ)様と叫びそうになって(あせ)った。
無理も無い。
まさか男装するなどと、誰が思うだろうか・・。
それも男装すると、それはそれは美男子なのだ。

 神一郎の慌てふためく様子を見て、伝兵衛はにんまりとした。

 「ふふふふふ、驚いたであろう。
儂の息子もよい男であろう?」

 「・・あ、ああ、そうだな。
まぁともかく、儂らの部屋へ。」

 「儂ら? え? お一人ではないのですか?」

 そう問いかけたのは神薙の巫女である。
男装していても声は少女の鈴を鳴らすような透明で綺麗な声のため、周りにいた人達の視線が集まる。

 「ゴホン! あ~、確かご子息は歌手を目指しておいでであったな?」
 「へ?」
 「さすがに綺麗な声よのう!」

 神一郎のこの言葉に周りの者が、そうだったのか、と、納得した顔をした。
伝兵衛はそれを聞き、ハッとしたようだ。
伝兵衛は、こちらを見ている周りの者を睨み付けた。
するとこちらを見ていた人達は、あわてて蜘蛛(くも)の子を散らしたようにその場を離れていった。

 「あ~っとだな、伝兵衛、威嚇(いかく)してどうする?」
 「威嚇? 威嚇などしておらん!」
 「・・・そうか?」
 「自慢のむす、あ、いや息子に悪い虫が付かないようにするのは威嚇とは言わん。」
 「ほう、この国はそうなのだな。」
 「そうだ。」
 「養父様!」

 伝兵衛の、いや、養父の言い訳に、神薙の巫女が諫める。
伝兵衛はソッポを向いた。

 「ハァ~・・・。お二人とも、(わし)の部屋に行こうぞ。」

 そう行って神一郎は来た階段を、また上っていく。
最高司祭と神薙の巫女は、一度顔を見合わせ(うなず)くと草履(ぞうり)を脱ぎ神一郎を追った。

 神一郎が部屋の(ふすま)を開けて入ると、裕紀(ゆうき)が声をかけてきた。

 「養父様、もう用事は済んだのですか?」

 その裕紀の声を聞き、養父の後ろから驚いた声が響いた。

 「えっ!! 裕紀様?!」

 裕紀は首を傾げる。
なにやら少女の声が聞こえた気がしたからだ。

 養父は部屋の中央にある机まで歩き、そこにドカリと座る。
すると、その後を町人風の中年の男性が続けて入って来た。

 「邪魔をするぞ。」
 「え?! あ、はぃ・・。」

 裕紀は面識の無い中年男性から声をかけられ、ポカンとしながらも挨拶をした。
裕紀は挨拶を返しながら、その中年男性を観察した。

 纏っている空気は普通ではない。
この雰囲気は同業者であろうか、と。
それも高位な人ではないかと見当をつけた。

 そして気がついた。
突然の訪問にあっけにとられ、雑な挨拶をした事に気がつく。

 「あ、し、失礼しました、私は息子の裕紀と申します。」
 「お初にお目にかかる、儂はこの国の教会の最高司祭をしている草薙と申す。」
 「え?! 最高司祭様? え、あ、え?」

 「裕紀、何を驚いておる?」
 「よ、養父様、驚かない方がどうにかしているでしょ!!」
 「まあ、そうだなな、だが焦るな、裕紀。こやつは人畜無害(じんちくむがい)だ。」
 「へ?」
 「はぁ・・、神一郎よ、その言いぐさは無いであろう?」

 「間違ってはおらぬだろう?
儂と一手手合わせをすれば簡単に分かる。
どうだ、手合わせをして人畜無害かどうか証明してみては?」

 「な! だ、誰がするか! 儂はまだ命が惜しいわ!」
 「大げさな。」
 「大げさではないわ!
お前の事はあの件で報告書を見て知って居るわ!
その歳で未だに腕が衰えていないではないか、この化け物め!」

 「はぁ? 誰が化け物だ、誰が!」
 「お前だ!」

 「養父様、おやめ下さい!」

 二人の口げんかに、涼やかな声でストップがかかった。
その声を聞き、裕紀がフリーズした。

 「か・・、神薙のみ、巫女様?! え? あれ、え? どうして?」
 「お久しぶりで御座います、裕紀様。」
 「あ・・・、はい・・。」

 「裕紀、何を呆けておる。
それではまるでバカ丸出しだぞ?
嫌われるぞ?」

 「よ、養父様!! だ、だって!」
 「だっても何もないであろう? 会いたがっていた人と会えたのだ、喜べ。」

 「え?! 会いたがっていた?! え、あ、え? ほ、本当ですか!」

 神薙の巫女がそれを聞いて、目を見開いた。
そして直ぐに顔が真っ赤に染まる。

 裕紀はというと・・、既に真っ赤であった。
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