第135話 川の氾濫・天変地異

文字数 2,423文字

 佐伯(さえき)閻魔堂(えんまどう)が濁流に流されても、地龍が出ないことにホッとした。

 「地龍は出ないようだな・・。
祐紀(ゆうき)御神託(ごしんたく)とは異なった状態であるが、喜ぶべきであろうな・・。」

 そう言って天を仰いだときだ。

 「な、何だ! こ、これは!」

 佐伯の声に周りにいた部下達は一斉に天を仰いだ。

 空全体を(おお)鈍色(にびいろ)の雲とはまったく異質なものが浮いていた。
満月くらいの大きさの

は、漆黒(しっこく)(ゆる)やかに(うず)を巻いている。
その渦は、これから何かを飲み込もうとしているかのように見えた。

 やがて

はユックリと大きくなり始める。
まるで天空一面にあった鈍色の雨雲を食べながら成長しているかのようだ。

 

がある程度大きくなると、渦を巻いている箇所はそこで成長を止めた。
それからは単に漆黒の雲となり広がって行った。
とはいえ巨大な渦だ。
見る者は恐怖を抱かずにはおれない。
空が漆黒に染め上げられるに従い、地上に降り(そそ)ぐ日の光が消え始めた。
やがて地上は何も見えない闇に閉ざされた。

 佐伯はその様子をただ見つめる。

 すると暗闇の中、

が現れた辺りで突然何かが光った。
それは稲妻であった。

 そしてまるでそれを合図にしたかのように、その稲妻が光った場所を中心に複数の稲妻が光り始めた。
やがて徐々に雷の範囲が広がり始める。
あちこちで稲光が光り、暗闇だった下界が照らし出されては見えなくなる。
雷は最初に現れた漆黒の位置を中心に円を描くように広がって行く。

 そして佐伯の耳に最初小さく届いていた雷鳴が、徐々に大きくなってきた。
稲光が数を増やしながら、佐伯にユックリと近づいてきたからだ。
だが、佐伯は動かない。
あまりの怪異に理解が追いつかず、動けないでいた。

 そんな佐伯を、目があけていられない閃光が襲った。
佐伯は思わず目を瞑る。
その直後、耳をつんざく轟音が地響きを伴って鳴り響いた。

 ピカッ!
 ドン!!

 部下達が悲鳴をあげる。
近くの大木に落雷が直撃したのだ。

 佐伯が目をあけると、近くの大木から火の手が上がっていた。
そればかりではない、その大木はメキメキと嫌な音を立てている。

 佐伯は我にかえった。
慌てて部下に逃げろと大声で叫び走り出した。
部下達も我にかえり、佐伯の後を追う。

 大木は先端から真っ二つに割れはじめた。
そして片方が佐伯達を追うかのように、ゆっくりと倒れて来た。

 メキメキメキ・・・
 ドン!!

 大きな地響きとともに大木は倒れ、辺り一面に折れた枝葉が飛び散る。
そして倒れた大木の大きな枝が、騒がしくワサワサと揺れた。
暫くの間、倒れた大木からその音が聞こえていたが、やがて音が小さくなってゆき、雨音に消された。

 佐伯達は間一髪、なんとか倒れた木から逃れたことに一息ついた。
佐伯は部下達を見渡す。
どうやら下敷きになったり、負傷した者はいないようだ。

 佐伯は部下達が無事であることにホッとし、すぐに辺りを確認した。
境内には、まだ高い木が多数ある。
ここにいては危険だと判断した佐伯は、部下達に号令をかる。

 「皆の者! この神社にくる途中にあった小さな広場に待避じゃ!」

 その言葉に部下の一人が思わず佐伯に声をかけた。

 「神社に逃げ込まないのですか?」
 「いや、神社が落雷して炎上する危険がある。
この神社は過去に何度も落雷をしておる。
そのことから今回のような怪奇な雷は落ちる可能性が高い。
むしろ外で落雷が少ない場所に居た方が安全じゃ。」

 「神主どもに危険を知らせますか?」
 「いや、神社の者達は過去の経験からおそらく待避をしておるじゃろう。
見ろ、雨戸など閉められて居らず人気もない。
神主どもへの心配は無用じゃろう。」

 そう言って佐伯は先頭に立ち、部下達を従えて山間の小さな道を早足に駆け出した。
道の脇を見ると、木々の合間から(たま)にちらりと眼下が見える。
だが、立ち止まり城下の様子を見る暇などはない。
今はともかく安全な場所に移動するのが先であった。

 そんな時、後方が一瞬真っ白に染まった。
それと同時に轟音が聞こえる。
後方部下から大声が上がった。

 「じ、神社が!!」

 だが、この声に立ち止まる者はいない。
皆、必死で小さな広場を目指す。

 佐伯は、そこを目指すのにはわけがある。
そこは落雷の危険性は少ない場所だと、この山を使用している者達から聞いているからだ。

 鳴りやまぬ雷鳴を聞きながら、佐伯達は必死で走る。

 そして目的の広場へ無事に辿り着くことができた。
広場についた直後、佐伯や部下達は声を出せなかった。
立った状態で中腰となり、膝に手をつけてて苦しそうに喘ぐ。
中には崩れ落ちて倒れ込む者もいた。
無理も無い、山道を命からがら走ったのだ。

 佐伯はなんとか速く呼吸を落ち着かせようとする。
だが、そうは簡単に息は整わない。
周りの状況を確認したくても、苦しくてできない。

 しばらくして、佐伯はやっと視線を自分の足下から上げた。
そして眼前に広がる様子を見る。

 真っ暗な闇のなか至る所に雷が落ち、轟音が()り響いている。
稲光が光る度、城下が見えては消え、消えてはまた見えた。
雷のおちる数が尋常ではない。

 目をこらして城を探す。
城は無事だった。
今の時点で炎上している様子はない。
それを確認しホッと溜息を吐く。

 そして城下町の方に目を再び向ける。
よく見ると所々炎上している場所がみえた。

 「被害は思ったより、今は酷くはなさそうだ。
被害が大きくならねばよいが・・。」

 そう佐伯は呟いた。
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