第259話 陽の国・裕紀 その5
文字数 2,347文字
部屋に入ってから、なにやら心ここにあらず、という状態である。
養父は、苦笑いをし用意してあったお茶のセットを手に取る。
そしてお茶を入れると、裕紀にお茶を勧めた。
裕紀はボンヤリした様子で、養父が言うがままにお茶を手に取った。
そして一口飲む。
「こ、これは!・・・。」
「ああ、よい茶だな。 最高級品であろう。」
裕紀はまじまじと、
「お金持ちの方は、このようなお茶を飲むのですね。」
「そりゃそうだろう。
稼いだお金で
まぁ、そういう事だ。」
「・・・・。」
「ん? どうした?」
「確かに
「それにしては、
裕紀は
「このような生活をしたら、元の生活に戻れなくなりそうです。」
「そうなりたいか?」
「いえ。」
裕紀はきっぱりと、そう答えた。
「そうか・・、何故だ?」
「養父様、ここに来て思いました。」
「?」
「養父様の人脈と、その人達の様子を・・・。」
「ふむ・・、で?」
「どの方達も権力者であったり、裕福な方々です。
そんな方達がご尽力したなら、養父様の実力と行動力によりいくらでも権力もお金も手に入ったのでは?」
「あ~・・、まぁ、そうかもな。」
「何故、そうしなかったのですか?」
そう言って、裕紀は養父の目を真っ直ぐに見た。
養父は柔和な顔をしていた。
裕紀の視線を柔らかく捕らえ、微笑んでいた。
ただ、その問いに答える様子はない。
「私は養父様と同じように生きたいと思います。」
「・・・。」
「私は神職に誇りを持っております。
それに神に
それも己の意思で。
また何故か神力を持って生まれてきました。
これも
「・・・。」
「確かに贅沢な暮らしには、あこがれます。
もし家族をもったら、家族に贅沢をさせてあげたいと思います。
美味しいものを食べ、贅沢な家に住み、贅沢な服を着る。
そういう暮らしをしてみたい。」
「ならば、すればよかろう?」
「いえ・・、しません。
生きるには別に美味しいものだけを食べる必要はありません。
服も小綺麗なものがあれば、人様から
それに、もし・・。」
「もし?」
「贅沢を覚えたら、次にはさらに今以上の贅沢をしたくなります。」
「それが人間というものだ。悪いことではない。
そのような欲があるから、技術は進歩し、人は生きがいを感じるのではないか?」
「・・・・。」
「裕紀、お前は贅沢に関し、別の事を考えているのではないか?」
「!?」
「手に入れてはならないものを、手に入れたら世が乱れると。
つまり身分相応以上の者を手に入れるのは、良くないと自分に言い聞かせているのであろう?」
「そ・・、それは・・。」
「できれば
だが、もしそれをしようとすれば国同士の争いになる。
ならば望んではいけない、と。」
「・・・。」
「神薙の巫女様に会えば、一目あっただけで満足できなくなると考えたか?」
「・・・はぃ・・、私は・・、私は・・。」
「・・・。」
養父は悲しげな眼差しを裕紀に向ける。
そして・・。
「裕紀、もし今回、神薙の巫女様に会わなければもう会えないぞ?
後悔をしないというなら、会うべきではない。
じゃが・・。」
「・・・。」
「儂は思うのだよ、会いたいときに会わねば後悔しても会えないのだ。
それは己に影を落とす。
煩悩を生むのだ。
煩悩とは恐ろしいものだ。
無い物ほど欲しくなる。」
「・・・ですが、もし会ったあとさらに神薙の巫女様と居たいという思いがあふれたら・・。」
「それは人間の本性というものだ。
後悔をしないために会ったことにより、もしそう思うなら好きにしろ。」
「え?!」
「お前の人生だ。
儂がとやかく言うことでもなく、他人がとやかく言うことではない。
じゃが、それにより関係のない人々が巻き込まれる。
巻き込まれた人々は悲惨な事になる。
それだけだ。」
「それだけとは何ですか!
だから悩むのではないですか!!
無責任な事を言わないで下さい!」
「何を
「!}
「もう、既にお前はどうすべきか答えが出ているのではないのか?
なら、何故、悩む必要がある?
未練は己の魂をこれでもかと
だが、人とは未練を多く抱えて生きていく生き物だ。
未練の大きさに関係なく生きていくしかないのだ。」
「・・・・。」
「儂は、お前が神薙の巫女様に会った方がよいと考えたから会わすのだ。
陰の国の宮司としてはやってはならぬ事。
だが父として、おなじ男としてお前を会わす事にしたのだ。
まぁ、国の宮司としては大罪人であろうがな・・。
儂が大罪人になり断罪されたとしても儂は後悔はせん。
自分が一度決めたことだ。
胸をはって自分に自慢できる。
例え人がなんと言おうともな。
お前はどうなのだ?」
裕紀はその問いに答えられなかった。
養父は
一人残された裕紀が、ポツンと
「私だって・・、そう思います・・・。
一度会って、未練を消そうとしたのに。
未練とともに生きよなどと、
その呟きとともに、固く握って膝に置いた手にポツリと滴が落ちた。
裕紀の肩は小刻みに震えていた。