第218話 縁 閻魔大王・・・ その4

文字数 2,745文字

 神薙(かんなぎ)巫女(みこ)は、その夜、突然激しい眠気に襲われた。

 この感覚は夢告げ・・、いや、違う・・。
違和感を感じながらも本能が受け入れろと(ささや)く。

 時間としては就寝しておかしくない時間だ。
幸いにも自分の部屋で起きた事でもある。

 睡魔に逆らわず、神薙の巫女は寝ることにした。
寝所で横になり目を(つむ)ると、すぐさま眠りに落ちた。


 これは・・、夢の世界よね?・・・。

 真っ白な世界だ。
四方八方、そう上も下も右も左も・・・。

 そのような世界で、さらに自分は(もや)に包まれていた。
なんとも不思議な光景だ。

 しばらくして風も無いのに、目の前の靄がほんの少し揺らぐ。
揺らいだ所をよく見ると、うっすらとなにか黒いものが見えた。
人影だろうか・・・。

 やがてそのうっすらとした黒いものある所の靄が少しずつ消えはじめる。
それに伴い、徐々に人影を形成し始めた。

 人影がはっきりと人に変化し始めるのを見て、神薙の巫女は驚きの声を上げた。

 「え?! ひ、姫様!」

 そう・・、目の前に現れた人は平安時代に仕えていた姫であった。
十二単(じゅうにひとえ)(まと)い、柔らかな笑顔を向けている。

 神薙の巫女は慌てて平伏(へいふく)しようとした。
すると姫から声がかかる。

 「(いち)、その必要はない。」

 平伏しなくていい?
神薙の巫女は思いもよらぬ言葉にうろたえた。

 「もう、お前とは主従関係ではないのだ。
お前はお前の人生を生きておる。
(わらわ)は妾の人生を。
だから、もうお前は妾に傅く(かしずく)必要はない。」

 その言葉に神薙の巫女、いや、市はハッとした。

 そう、姫様は平安時代に生きた方。
私の女主人であった方だ。
そして昔に亡くなっている方でもある。

 そうなのだ・・。
ならば、これは単なる夢なのだろうか?

 だが・・、本能が告げる。

 これは夢でも幻でもない。
夢告げだ。
夢の中に姫様が会いに来てくれたのだと。

 そして姫様は平伏など必要無いという。
つまり・・、現世の自分とは対等でよいという事なのであろう。
何故かそう言っていると確信がきる。
困惑はするが、素直にこの感覚に従うことにした。

 「お久しゅうございます、姫様。」
 「ふふふふふ、姫、と、呼んでくれるのですね?」
 「はい。当たり前ではないですか。」
 「嬉しい! でも、もう主従でもなんでもないのよ。」
 「・・・。」

 「そんな顔をしないの。」
 「・・・。」
 「今日はね、私が平安時代で死ぬ直前の話をしようと思ってね。」

 神薙の巫女は、その言葉を聞き反射的に平伏した。
すると姫に肩を優しくたたかれた。

 「何をしておる?」
 「姫にお許しを願おうと・・。」
 「不要じゃ。」

 「しかし!・・。」
 「不要じゃと言っておる!」

 姫の勢いに押され、神薙の巫女は思わず顔を上げた。

 「ふふふふ、其方(そなた)は変わらぬな、(わらわ)真摯(しんし)に向き合い従順じゃ。」
 「当たり前ではないですか!」

 「当たり前のう・・・。」

 その言葉を聞き、なぜか脳裏に姫と同じこの言葉を言った人を思い出す。
だが、その人の顔が思い出せない。
名前もだ・・。

 え? 誰だったかしら?! 姫様と同じことをおっしゃった方は・・。
尊く、優しく、厳しい方だった。
それが分かっているというのに、名前や顔、姿が思い浮かばない。

 けど、その方にも言われたのだ。

 私の平安時代の生き方はおかしいと。
そして、恋をなさいと・・。

 そうだ、そう言われたのだ。

 誰だったのだろう?
そう思い始めた時、姫様が話しかけてきた。

 「お前は私が死ぬ数日前に死んでおったのう・・。」
 「誠に申し訳なく・・。」

 「何が申し訳ないのじゃ?
其方(そなた)の事じゃ、妾の身を案じ、そのために動いて殺されたのであろう。
それに、おそらく妾の死も予言していたのではないのか?」

 「そ、それは!?」

 「言わずともよい。分かっておる。」
 「申し訳・」

 「謝るでない!」
 「つっ!・・。」

 「妾は謝ってほしくて夢に出てきたのではないのだ。」
 「・・・。」

 「お前に感謝を伝えに来たのだ。」
 「え?!」

 「何を驚いておる。」
 「ですが私は姫をお助けできず・」

 「不思議な事をいうのう・・。
お前の予言で外れたことがあったか?」
 「・・・。」

 「ならば予言通り私は死んだだけで、お前に責任はあるまい?」
 「そ、それは・・。」

 「のう、市よ、お前は何故自分の罪のように考えるのだ?」
 「・・・。」

 「妾が死んだのは政権争いのせいで、ありふれた死じゃ。
お前がいようといまいと関係なぞない。
むしろ、お前はよく妾に尽くしてくれた。
お前が自分を責める理由なぞない。
むしろ妾は感謝しておる。」

 「あ・・有り難う・・ございます、でも。」
 「まだ言うか! この馬鹿者!」

 そう怒鳴ると同時に、姫は神薙の巫女を抱きしめた。

 「妾は本当に感謝しておるのだ。
自分を責めるお前を見て、妾が(つら)くなると思ったことはないのか?」

 「っ!」

 「妾を辛くさせるでない。」
 「・・・はい。」
 「分かってくれればよい。」
 「・・・。」

 「では、妾はそろそろ行くとしよう・・。」

 「お待ちください!」
 「なんじゃ?」

 「その・・、転生してから幸せに暮らしておいででしたでしょうか?」
 「ふふふふふ、お前、まだ妾の事を気にかけるか?」
 「はい。」

 「妾は幸せじゃよ。
まぁ、なかなか解脱(げだつ)には行き着かぬが・・。
いつかはお前のように解脱できるよう努力はしておる。
妾が解脱するまで神界で待ってていてはくれまいか?」

 「え?! 私が解脱者だとなぜ知っているのですか?」

 「それは秘密じゃ。
約束せよ、解脱の門を(くぐ)り神界で待っていると。」

 「そ・・、それは・・。」

 「約束せい!」
 「・・・はい。」

 「では、其方は今回が最後の転生とするのじゃぞ。
よいな?
自分から解脱者になる資格をなくすでないぞ。
必ず解脱の門を潜るのじゃぞ?
今の現世でよい人生を楽しめ。」

 「あ、あの! なぜ解脱の門を、そしてそれを潜らなかった事を知っているのですか!」

 姫は答えず微笑んだ。
そしてその姿を徐々に靄が隠し始め、やがて辺り一面が真っ白となった。

 「姫さま・・・。
私に解脱を促すため現れてくださったのですね・・・。
有り難うございます。」

 そう言って神薙の巫女は頭を下げた。

 そして、しばらくしてから気がついた。
私はなんで平安時代の事を私は思い出したのだろうと。
こんな事があるのだろうか?

 それに、誰なのだろう?
私に恋をせよと言ったのは?
思い出せない・・・。
でも、すごく尊くて、優しくて、信頼できる方の言葉であることは確かだ。

 でも姫様も、あの方も私に言ってくれた事に素直に従おう。
平安時代に経験したことのない恋をしよう。
そして精一杯、幸せを感じて生きてみよう。
死後に解脱の門が現れる生き方をしよう。
解脱の門が現れたら、ためらうことなく潜ろう。
素直にそう神薙の巫女は思った。
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