第87話 祐紀 : 困惑の書状 3

文字数 2,337文字

 祐紀(ゆうき)は陽の国の国主と、神殿からの書状に愕然(がくぜん)とした。
これでは姫御子(ひめみこ)を、この国に呼ぶことはできない。

 祐紀も佐伯(さえき)も、まさか陽の国が断るとは思わなかった。
それも、姫御子個人への神託だからという理由で。

 しかし、はいそうですね、などと言う訳にはいかない。
地龍(ちりゅう)はなんとしても対策をする必要がある。
なんとしてでも姫御子に来て(もら)わねばならない。

 「祐紀よ、神殿の書状の意味を理解したか?」
 「・・・。」

 その言葉に祐紀はピクリと眉を動かした。

 「文面から何を読み取った、答えよ。」

 「はい・・。
 文面は丁寧に御礼と理由を記し、姫御子様は陰の国に出せないとあります。」

 「うむ。」
 「ですが・・。
 今回、こちらからの要請の仕方を非難しているようにも取れます。
 なんとなくですが、要請する時期が悪いというか・・。
 国主に依頼を出す前に神殿に伺いをたてるべきというような・・。
 手順というか、時期が不味かったのでしょうか?」

 「・・・。」
 「あるいは・・陽の国で何かあったのでしょうか?」

 佐伯は、その言葉に軽く頷いた。
頷いた事に祐紀は目を見張る。

 祐紀は佐伯に問いただそうとした。
すると佐伯は右手を前に差し出して、待てというサインをする。
口を開きかけた祐紀は、それを見て口を閉じた。

 佐伯は祐紀の横に置かれた神殿の書状を指さす。
祐紀は佐伯と、書状を交互に見たあと首を傾げる。
それに対し、佐伯は無言で書状を寄越せと右手をクイクイと曲げた。

 祐紀は立ち上がり書状を持って佐伯の側に行き書状を渡した。
そして戻ろうとした時だった。

 佐伯は自分の直ぐ横を右手で音がしないようにトントンと叩く。
自分の隣に座れという意味なのか?
祐紀は首を傾げる。
すると佐伯は同じ動作をする。

 祐紀はなぜ佐伯が喋らないのか理解に苦しむ。
祐紀は声を出して聞こうとした。
その瞬間、佐伯は自分の唇に人差し指を当てた。

 喋るな! と言わんばかりだ。
鋭い目で見られ、思わず背筋が伸び冷や汗が出た。
こんな真剣に()めつけられるとは思わなかった。

 祐紀は指で佐伯が先ほど叩いた所を差し、次に自分を差した。
ここに座れということかの確認だ。
佐伯は頷く。

 祐紀は佐伯の直ぐ横に座る。
肩が触れ合うくらいの位置だ。

 佐伯は書状を開く。
だが手に取ったのは、書状を包んでいた紙だ。

 その紙は神殿の印が押されただけの紙であった。

 佐伯はその紙を、突然祐紀の目の前に広げた。
祐紀は突然のことに、少し仰け反る(のけぞる)
そして佐伯を見ると、佐伯は真剣な顔をしていた。

 祐紀は目を(またた)いたあと、姿勢を元に戻した。
そして目の前にある紙をみた。

 目の前の紙は、明かり取りの光で透かしてみるような位置だ。
なぜこのような形で見せるのだろう?
そう思い紙を見つめた。

 紙には文字が浮き出ていた。

 「え!?」

 すかし文字だ。
祐紀は佐伯と目を合わせた。
すると佐伯は(うなず)く。

 祐紀は佐伯から紙を受け取り、文面を読む。

 文面は簡略され要点だけが書かれている。
内容は・・

 祐紀殿との仲を疑われ姫御子は巫女(みこ)へ落とされた。
 今は山間部に幽閉(ゆうへい)されている。
 一月待たれよ。
 この状況は打開する。
 約束を違えぬように。

 そのように書かれていた。
祐紀はその内容に愕然(がくぜん)とした。

 自分と姫御子の仲が疑われた?
いったいどこをどう考えたらそうなるのだ?

 ジワジワと怒りがこみ上げてきた。

 佐伯は祐紀を落ち着かせようと、手を肩にかけた。
そして口を祐紀の耳元に近づけ、小声で囁く。

 「誰か(間者)聞き耳を立てておるかもしれん。
 この書状を声を出して読むでない。
 そして、このことを儂に聞くでない。
 もちろん他言無用じゃ。
 まあ、其方(そち)の養父ならばよいが、それ以外はだめじゃ。
 よいか、他の者にこのことを知られぬようにせよ。」

 そう(ささや)くと、目で席に戻れと合図する。
祐紀は大人しく、先ほど居た位置に戻った。

 佐伯は普段の声の大きさで祐紀に話しかける。

 「陽の国に断られたことは確かじゃ。
 祐紀よ、策を考えよ。」

 「え! 策ですか?」
 「そうじゃ。
 神主であるお主しか地龍対策はできまい。
 一度実家に帰ってよい。
 一月後に策を(たずさ)えてここに来い。
 よいな?」

 そう佐伯は言うと、祐紀から書状を回収し、とっとと部屋を出て行ってしまった。
出て行ったのは襖からだ。
祐紀はしばし呆然とその様子を眺めていた。

 そしてハッとした。

 私はどこから出て行けばいいのだ?

 狼狽えて部屋を見回すと、京壁だったところが何時の間にか無くなっていた。
そこに案内の者が居て祐紀が出るのを待っている。

 「えっ!?」
 「それでは参りましょうか。」
 「え? あ、はい・・。」

 祐紀は案内の者について寺社奉行所の出口に向かった。
そして、すごすごと奉行所を後にした。

 祐紀は一人、考えを巡らせていた。

 陽の国の神殿は姫御子を巫女からまた姫御子に戻すつもりでいる。
それも一月で。
信じてよいのだろうか?
姫御子に頼らない他の手段を考えなければいけないのだろうか?
しかし、他の手段といってもあるものだろうか?
どうしたものか・・。

 そんな祐紀の後をつける者がいた。
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