第262話 陽の国・裕紀 その8

文字数 2,273文字

 翌朝、昨日の事は忘れたかのように養父はいつも通りであった。

 裕紀(ゆうき)はというと、昨日の陰鬱(いんうつ)とした様子から一転して、いつものように飄々(ひょうひょう)としていた。

 養父はその様子を見て、顔には出さずにほっとしたのである。
互いに相手を気遣いながらも、自分の気持ちを出さないようにしていた。
子は親に似るという。
たとえそれが血がつながっていなくとも。
よく似た親子であった。

 二人は宿の中にある食事の場所に移動した。
指定された机には既に食事が置かれている。

 「養父様、これは朝から豪勢ですね。」
 「うむ、そうだな。」
 「いっそのこと、我が神社でもこのような贅沢をしませんか?」
 「ああ、いいぞ。」
 「え!? あ、え?」

 「お前が儂の後を継いだら、好きにできるぞ。」
 「お断りします!」

 「お前・・、少しは考えてから断わらんか?」
 「考えるまでもありません。まだまだ養父様には働いてもらいます。」
 「お前なぁ、儂も歳じゃよ? 少しは老人を(いたわ)れぬのか?」

 「よく言いますよ、お一人で険しい山道を越えて他国に行ける年寄りなどいませぬ。」
 「はぁ? それを言うか・・。」

 「当たり前でしょ? 叔父上らが嘆い(なげい)ていましたよ?
紙一枚に散歩に行くなどと書いて、気ままにいなくなるなんて、と。」

 「うっ! そ、それは・・。」
 「それは?」
 「・・・・。」
 「養父様・・。」
 「・・なんじゃ?」

 「いいかげん何故この国に来たのか、そして神薙の巫女様をお助けしたのか話して下さいませんか?」

 「なんじゃ、()いて()るのか?」
 「まさか。神薙の巫女様がご老人を相手にするとはおもえませぬ。」

 「ろ!、老人だと! お前、儂が老人だとでもいうのか!」
 「では、まだ、お若いと?」
 「当たり前だ!」

 「では神薙の巫女様をめぐり、私とは恋敵(こいがたき)という事ですね?」
 「ば、バカを言うでない! 娘のような歳の子を好きになる宮司などいるか!」
 「でしょう?」
 「あ!?」

 「はぁ~、養父様・・・。
で、神薙の巫女様のためこちらに来られた訳は話す気になりましたか?」

 「だから、ひ・み・つ だ。」

 「様子様、私に向かってウィンクは止めて下さい。」
 「可愛いだろう? 惚れてしまうだろう? 惚れてもよいぞ、お前なら。」

 裕紀は軽いため息を吐いた。

 「養父様、食事にしましょうか・・。」
 「そうじゃな。」

 二人はその後、無言で食事をしたのであった。

 食後、再び部屋に戻るやいなや養父が裕紀に声をかけた。 

 「裕紀、儂はちょいと野暮用(やぼよう)でな出かけてくる。
お前はこの都を見学しているがよい。
これは小遣い(こづかい)じゃ。」

 そういって巾着を養父は裕紀に渡す。
裕紀は渡された巾着と、養父の顔を交互に見つめた。

 「養父様、どちらにお出かけで?」
 「何じゃ、お前? 儂が一緒じゃ無いと寂しいのか?
儂と手をつないで都巡りでもしたいのか?」

 「な! そんな事は言ってないでしょ!」
 「なら、別に儂が一緒にいなくてともよかろう?」
 「ですから行き先と、帰りの時間をですね!」

 「裕紀、儂はお前の父だぞ?
門限をもうけ、行く先を聞くなど父親が娘にするものだ。」

 「あのですね! 養父様!」

 「よいか、儂には儂の都合があるのだ。
親子といえども互いに別の顔があるのだ。
たとえばお前が寺社奉行・佐伯の所に行き、お前がそこで知り合った者がいるようにな。
その者達とお前の世界に、儂はおらん。
逆もしかりだ。
儂の個人的な事を、いちいちお前に話す気は無い。」

 裕紀がむっとした顔をした。

 「そうですか、そうおっしゃるのですね。」
 「裕紀?・・、ん?」
 「分かりました、行き先は詮索しません。」
 「それでよい。」

 裕紀はそっぽを向いた。
養父は苦笑いをし、部屋を出て行った。

 その夜、養父は帰ってこなかった。
裕紀は養父が心配になりながらも、腕が立つと自称する養父を信じ眠りについた。

 明け方、裕紀が寝ていると部屋の戸を音を立てずに開ける者がいた。
養父が帰ってきたのだ。
養父は裕紀が寝ていると思っていたのであろう、忍び足で部屋に入ってきた。

 裕紀はガバリと布団から上半身を起こした。

 「何処にいっていたのですか!」
 「わっ! お、起きていたのか?」
 「いえ、明け方に目をさましていたのです。
で、このような時間まで何処に行っていたと聞いております!」

 「こ、これ、声が大きい・・。別の部屋の客が起きたらどうすのだ!」
 「あ! す、すみませぬ・・。」

 裕紀はあわてて養父に頭を下げた。
だが、頭を下げた後、なぜ自分が養父に謝らねばならないのか、と思った。
裕紀はゆっくりと頭を上げると、養父をジトメで見る。

 声を抑え、養父に再び問いただす。

 「で、何処に?」
 「ああ、なんだ・・、まぁ、な。」
 「・・・養父様。」
 「なあに、ちょいと知り合いに会いにいっていただけだ。」
 「知り合い?」
 「そうだ。」

 「女性ですか?」
 「ば、バカ者!」
 「しっ! 声が大きいですよ?」
 「うっ!・・・」

 「で、女性なんですね?」

 「そ、そんなはずがなかろう?
儂は宮司だぞ?」

 「宮司といえども男でございましょう?
正直に言いなさいまし、養父さま。」

 「お前なぁ・・・。」
 「なるほど、その様子ですと女性ではないのですね。」
 「だからそう言っているであろう?」

 養父はほとほと(あき)れたという顔で裕紀を見た。

 「まぁ、そうは言っても養父さまも歳とはいえ男ですからね。」
 「歳はよけいじゃ!」
 「だから、声が大きいですよ?」

 「ううぬ、お前という奴は! 親の顔が見たいわ!」
 「鏡はそこにありますよ?」
 「・・・・。」
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