第45話 奪衣婆からの救いの手

文字数 2,598文字

 奪衣婆(だつえば)妖艶(ようえん)な美女である。
見た目は20才くらいだ。
プロポーションも言うまでも無い。
そんな奪衣婆が、閻魔大王(えんまだいおう)を誘いお茶を楽しんでいた。

 「いかがですか、閻魔大王様?」
 「うむ、其方(そなた)が入れるお茶は美味(うま)い。」
 「ありがとう御座います。」

 「で、なんぞ(わし)に相談があると言っておったが。」
 「ええ、祐紀(ゆうき)の件で、少し。」
 「帝釈天(たいしゃくてん)がどうかしたか?」
 「今は祐紀として生きていますので、帝釈天と言うのは・・。」
 「よいではないか、其方(そなた)の息子(※1)ぞ。」
 「それは、そう・・なんですけど・・。」
 「ふむ・・、人間として生きておるからか?」
 「・・ええ。」
 「そうか。」

 そう言うと閻魔大王は渋い顔をした。
帝釈天は今、異世界で人間として生活している。
なれば神である帝釈天の名を言えないのが道理だ。
母としては辛いだろうと、思ったからだ。

 「ところで奪衣婆(だつえば)よ、まだ()ねておるのか?」
 「な! 私は拗ねてなどおりませぬ!」
 「そ、そうか・・、いや、済まぬ・・。」

 閻魔大王の言葉に、奪衣婆は思わず反論する。
どうやら奪衣婆は、自分が拗ねていると自覚しているようだ。
閻魔大王は、その様子を見て苦笑いをした。

 閻魔大王が何故、奪衣婆に()ねているか聞いたのかだが・・。
今、奪衣婆は帝釈天と親子喧嘩をしている最中だ。
原因は帝釈天にある。
帝釈天は仕事を部下に丸投げ出し、人間界に遊びに行ってしまった。
それも神であるという自分の記憶を消し、人間として生まれるというやり方で。

 それを知らない奪衣婆は、帝釈天の不在に気がついて探した。
帝釈天が人間界に居ると知ったとき、奪衣婆はホッとすると同時に拗ね(すね)た。
それは帝釈天が自分に断り(ことわり)も無しに行ったからだ。

 閻魔大王は、この事の愚痴(ぐち)を奪衣婆から散々(さんざん)聞かされた。
最近は祐紀についての愚痴を聞かなくなっていたが、祐紀の話しが出たのだ。
だから、つい拗ねているのかと聞いてしまった。

 今の祐紀は自分から行った世界では、人間として一度死んでいる。
本来なら、死んだときに帝釈天であることを思い出し、天界に戻る(はず)だった。

 しかし、その時、奪衣婆は祐紀が死んだのを知ると悪戯心(いたずらごころ)を起こした。
自分の可愛い部下を輪廻転生(りんねてんしょう)させ解脱(げだつ)させる(みちびき)き役を、我が子にさせようと考えたのだ。
言い換えると、帝釈天に戻さず、もう一度

させる意趣返し(いしゅがえし)をしたのだ。
この子にして、この母というところであろうか・・。

 閻魔大王は祐紀の相談を奪衣婆から受ける(たび)に思う。
自分を親子喧嘩に巻き込まないで欲しいと。
そう考えていると奪衣婆が、閻魔大王に相談を始めた。

 「あの子がね、あの国の殿に会うための手段を思いつかずに悩んでいるの。」
 「ふむ。しかしそれは天界とは何も関係ない悩みであろう?」
 「ええ、そうなんですが、それでは姫御子の解脱が危ぶまれます。」

 その言葉を聞いて閻魔大王は納得した。
奪衣婆は情が深い。
部下であった市、今は姫御子であるが、この者を解脱させて神に列席させたいのだ。
その目的が阻害されている相談だと分かった。
でも、それは自分の息子、祐紀が困っている事でもある。
素直に息子が困っていると言えばいいものを・・。
そう閻魔大王は思う。
閻魔大王は溜息を吐いた。

 「はぁ・・・、分かった、で、どうしたい?」
 「祐紀に陰の国の自然災害の御神託を出そうと。」
 「いや、御神託を出すような時期ではないはずだが?」
 「ええ、ですから後ほど出す待避の御神託を出したいのです。」
 「だめだ! 祐紀のためにだけに、そのような御神託なぞ許されんぞ!」
 「いえ、お聞き下さい。」
 「?」
 「陰の国の大川(おおかわ)の氾濫が迫っております。」
 「うむ、それは把握しておるが?」
 「ですので治水工事の御神託を出そうかと。」
 「非難ではなく? 治水工事か・・。」
 「はい。」
 「まあ、前例がないわけではないが・・。」
 「河川の氾濫は、あの場所でおきると不味いのでは?」
 「どういう意味だ?」
 「河川が氾濫すると、その場所にある閻魔堂が破壊されます。」
 「閻魔堂? 別によいではないか、御堂の一つや二つ。」
 「お忘れですか、100年ほど前のことを?」
 「?」
 「慧眼和尚(けいがんおしょう)といえば、お分かりか?・・。」
 「慧眼!!」
 「思いだされましたか?」
 「あ、ああ・・、地竜を押さえた御堂か・・。」
 「はい。」
 「そうか、あの御堂か・・。」
 「ええ、もし地竜の封印がなくなれば、地竜は野に放たれます。」
 「う・・む・・。」
 「災厄の地竜を野放しにしてよろしいのですか?」
 「・・・分かった。」
 「ありがとうございます。」
 「・・・奪衣婆よ、それにしても、お前は子煩悩すぎぬか?」
 「あら、そうでございますか?」
 「はぁ・・、もうよい、お茶のおかわりを頼もうかのう・・。」
 「はい、喜んで。」

 閻魔大王は、にこやかにお茶を入れる奪衣婆を見ていた。
そういえば地竜を慧眼が押さえるため、力を貸したのは帝釈天であった。
これも因果ともいえるのであろうか。
帝釈天は因果を既に断ち切っているというのに。
もし因果があったなら、転生の影響だろうか?

 そう思いながらお茶を一口のむ。

 「美味い(うまい)・・。」
 「でしょう?」

 閻魔大王に、ぞくりとする妖艶な笑みを返す奪衣婆だった。

============
参考
※1
奪衣婆と帝釈天は人間でいう親子ではない。
帝釈天は、奪衣婆の分身である。
しかし、奪衣婆は自分の子として愛で(めで)ていた。
帝釈天も奪衣婆を母として慕っている。

 注意:この物語は仏教の仏の関係で書かれていません。
    また奪衣婆の容姿、および閻魔大王との関わりも同じです。

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