第239話 緋の国・白眉

文字数 3,029文字

 神世(かみよ)の時代、神の眷属(けんぞく)が地上に降り生物の進化を(うなが)し神の意向を地上に反映させていた。
やがて地上に人が現れ、神の教えも理解し信仰するようになると眷属は天界に帰って行った。
だが、一部の眷属は地上に残る。
それは人に愛着を感じ、天界に帰るより地上で暮らすことを選んだからだ。

 神は眷属にそれを許した。
だが地上で暮らし始めると、眷属は永遠の命を失う。
人と交わり生まれた子や連れ添った妻が老いて死にゆく(さま)に耐えきれなくなったからだとも言われているが本当の所はわからない。
やがて眷属は寿命が()き地上から消えた。

 眷属の子孫達は、その後、神界から使わされる龍や鳳凰(ほうおう)麒麟(きりん)などの聖獣の手となり足となり働いていた。
しかし神からの使いが来ることも、人の文化の発展とともに減少する。
人が高度な文明を築き、歩き始めたことで神はあまり介入をしない事にしたのだ。

 ただし、あまりにも人が神の意向に反していた場合はその文化を滅ぼした。
そのため歴史上から忽然(こつぜん)と消えた文明が存在するのである。

 眷属の子孫達の中には、やがて聖獣を生涯に一度しか見たことがない者や、見たこともなく生涯を終える者が多くなるとともに、本来の自分の役目を忘れる者が出始めた。
眷属からもらい受けた能力を、己の欲のために使い始めたのだ。
いつの世も、人間は欲に従う愚かしい生き物であるという事であろうか・・。

 そのような時代に白眉(はくび)は、神界から人、人から神界への橋渡しを担っていた。

 白眉は人という生き物を()でていた。
そして人の欲を、生物としての摂理(せつり)として捕らえていたのだ。
人は(かすみ)を食べて生きていけるわけではないと。
そのためよほど大それた事をしない限りは見て見ぬふりをしたのだ。

 だが、それが後に裏目に出た。

 眷属の子孫の中に、先祖から受け継いだ能力を徐々に失う一族がいた。
無理も無い事である。
聖獣と接していれば、聖獣から放たれる神力を浴びる事になる。
それが眷属から受け継いだ能力を維持し、神力を使用することを可能にしていたのだ。
聖獣と接触しない一族は能力が無くなって当然なのだ。

 ただし聖獣と接しなくても神力を失わない方法がある。
それは天界からの御神託(ごしんたく)を受けるか、神に心身を(ささ)真摯(しんし)(いの)ることである。
御神託を受けられるのは神から与えられた能力であり万人が持つものでは無い。
それにその能力を維持するには、神への忠誠を欠かしてはならない。
残るのは神に心身を捧げ、祈ることである。
だが残念な事に時代とともに神に対する畏怖(いふ)がなくなり、形骸(けいがい)化した祈りではそうはいかない。

 そのような時代に、ある眷属の末裔(まつえい)が白眉の(ねぐら)を突き止めた。
それにより白眉の悲劇が引き起こされたのである。

この一族は聖獣とは何代か前から接触がなく、また神への信仰心を失った一族であった。
その結果として彼らの能力は代を重ねるたびに(おとろ)(あせ)っていた。

 ある時、この一族は別の眷属の子孫から重要な情報を聞き出した。

 先祖が龍の世話をした時、たまたま龍の(ひげ)が折れたのに遭遇した。
その先祖は龍にお願いをし、それをもらい受けて家宝にしたのだ。
それから何代か後で、子が病気になった。
色々な医者にかかり、また高価な薬ものませたが一向に効果がなかった。
そのため家宝である龍の髭を(せん)じて飲ませたところ、病は回復し霊力も強くなったと言う。
そのような事が書かれた文献があると。

 それを聞いて、その一族を襲って文献と龍の髭を入手しようとしたが、髭は手に入らなかった。
すでに薬として飲んで無くなったかどうかはわからない。
だが手に入れた文献、一族の秘宝書には確かに髭の効果と薬にする方法が書かれていたのだ。
そのため、龍の髭を何としてもその一族は手に入れたかった。

 白眉はこの一族の策謀(さくぼう)にはまったのだ。

 油断して寝ている隙に髭の一部を切り取られたのである。
さらに人の血を飲まされて(けが)された白眉は己を失い、人を襲い暴れまくった結果、人により結界に封印(ふういん)された。

 さらに付け加えるならば、穢された聖獣は天界に戻ることは叶わない。
天界に戻れないと聖獣は、天界の神気を浴びることができなくなる。
神気を浴びることは聖獣にとっては生きるために必須のものである。
つまり神気を浴びられないということは、人でいうなら餓死するという事だ。

 結界に閉じ込められていた白眉は、やがて正気に戻った。
冷静になった白眉は、己の髭を奪った者達を捨て置けなかった。
聖獣に害をなす者は、神に(やいば)を向けたことと同罪だからである。
そして、そのような者を野放し(のばなし)になどできるはずがない。
己の髭で霊能力を強め、その力をもって己の欲望を達成する。
放ってはおけなかった。

 そのような時、川が氾濫し結界が壊れ白眉は自由となった。

---

 白眉は()の国の都で自分に血を飲ませた者を人に化けて探していた。

 地龍の力を使えば、緋の国ごとその者を抹殺するのは簡単な事である。
だが白眉はそうしなかった。
地龍から見れば、本来人など(あり)に等しいというのに。

 人が蟻を見る場面に置き換えて考えてみれば分かると思う。
人は一匹一匹、蟻を区別しないし出来ない。
蟻が家に入り込んで困っていたなら、人は容赦なく家にいる蟻を全て駆除するだろう。
たまたま玄関に迷い込んで出口を探してウロウロして別に害を与えていない数匹の蟻も、餌を探しに常にリビングまで侵入してくる駆除対象の蟻も人にとっては同じだ。
無差別に駆除をするであろう。

 それと同じである。
住む世界と命の重さが違うのである。
だが人からどんな仕打ちを受けようが、罪も無い人までとは白眉は考えていない。
心優しい龍なのである。

 そのため人間に化けて、血を飲ませた子孫だけを探しているのである。

 だが、これは危険な事である。
今の白眉は霊力が衰えている。
人に化けるとさらに力は無くなる。
今の白眉は剣豪と呼ばれる人間を数人一度に相手にして勝てる程度であろう。
本来なら人など相手にならないというのに・・。

 そのため、白眉を(わな)にかけた一族に返り討ちや捕らえられる危険性があった。

 ところで白眉は罠にはめた子孫をどうやって探しているのかであろうか?
それは臭いで探しているのである。
自分の髭を飲んだ者の子孫は、霊力があるなら自分の臭いがするのである。

 白眉は霊力をなくした子孫は見逃すつもりであった。
霊力が無くば、罪を犯すにしてもそれは人の世界でのありふれた存在だからだ。
だが霊力があり、悪事を働いているならば始末をする腹づもりである。

 話しは逸れたが、白眉は自分から10km以内にある臭いなら、正確にその臭いがどこにあるか把握できるのである。

             ****

 白眉は城下町の大通りを歩いていた。
ふと足を止めると目を細めて顔を少し上げる。
小高い丘に築かれた城が見えた。
城は1km程離れた場所にある。

 白眉はため息をついた。
目的の人物を探すのは簡単なはずであった。
白眉から、思わず愚痴が漏れる。

 「どうしたというのだ、彼奴ら(あやつら)の臭いがしないのは・・・。
結界から飛び出した時は、この都の方角から僅かな臭いがあったというのに。
彼奴らは皇帝や官僚らが住んでいる近くにいるはずだ。
それならここからせいぜい3km以内のはず・・。
それなのに、何故臭いがしない?」

 考えられるのは、何らかの方法で臭いを抑えている事だ。
だが臭いは完全に隠すことは不可能。
ならさらに近づいてみれば分かる事ではあるが・・。

 「城中に侵入するしかないか?・・・」

 そう白眉は(つぶや)いた。
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