第252話 姫御子へ

文字数 3,009文字

 寒村の小さな教会に、場違いの豪奢(ごうしゃ)な馬車が到着した。
馬車の回りは神官服に帯刀(たいとう)した者が馬に乗り前後を固めている。
神殿警護の者達である。

 警護の者達は馬から下りると、すぐさま馬車を囲むように配置についた。
今でいうSPの要人擁護である。

 すると教会から慌てた様子で神父が馬車に駆けつけた。
そしてその馬車の前で(こうべ)()れる。
警護の者が、馬車の扉を開く。
馬車の中には見るからに(くらい)が高そうな人物がいた。

 「これはこれは、最高司祭様、よくぞこのような場所にお越し下さいました。」
 「うむ、出迎えご苦労。」

 そう言うと馬車の中から下りてきて、ゆっくりと神父に近づく。
その者は神父の耳元にすこし顔を寄せ、回りに聞こえないように小声で話す。

 「ふふふふふ、やけに(うやうや)しいな、こそばゆいわ。」
 「他者の目もあります・・。」
 「まぁ、そうだな・・。」

 最高司祭は神父から少し離れると同時に、神父が声を元に戻し最高司祭に話しかける。

 「さぁ、狭い教会ですが、どうぞ中にお入り下さい。」
 「うむ。」
 「お供の方々もご一緒の部屋へのご案内でよろしいしょうか?」
 「いや、早速だがお前と二人で話しをしたい。」

 これに警備の者が、即座に割って入る。

 「最高司祭様! それはなりませぬ!」
 「何故だ?」

 「先日、神薙(かんなぎ)巫女(みこ)様が襲撃にあったこともございます。」
 「だから、お前らの要望通りここまで警護を頼んだではないか?」
 「ですから、片時も・」
 「お前、(わし)の腕前を知っておるであろう?
それに、日中におそいかかる賊などおらんわ!」

 「そ、・・それは・・、そうですが・・。」

 「それにこの教会は人が少なく、怪しい者など紛れ込めぬ。
ちっぽけな教会だ。」

 その言葉を聞いて神父は(しか)(つら)をし、回りに聞こえない声で呟いた。

 「ちっぽけで悪かったな!」と。

 だが、最高司祭は耳がよかったようだ。
ちらりと神父を見てニヤリと笑った。
神父はそれに気がつき、短いため息を吐く。

 最高司祭は警護の者に指示を出す。

 「儂は神父と二人で話しがある。
邪魔(じゃま)は許さん。
警護は数人がこの教会の周りの警護をすれば十分だ。
他は周辺警護の者と交代をしながら、教会内で休めばよい。」

 「わかりました・・。」

 警護の者は引き下がった。
最高司祭は、神父より先に歩き出し教会に入る。

 神父の執務室に二人は入ると、最高司祭は神父にかまわずソファにドカリと腰を落とす。
神父は気を悪くしたようすもなく、最高司祭に声をかける。

 「お茶を入れましょう。」

 そういって神父はお茶を入れ始めた。
そんな神父に最高司祭は不満を口にする。

 「なぁ、気持ちが悪い、敬語はやめろ。」
 「ふふふふ、相変わらずですな、草薙(くさなぎ)殿。」
 「相変わらずで悪かったな。」
 「いえいえ・・、それにしても随分と久々ですな。」
 「ああ、お前が中央神殿に居た頃以来だからな。」
 「そんなになりますか・・、随分(ずいぶん)()ちましたね。」

 神父はお茶をテーブルに置くと、自分もソファに腰掛けた。

 「それにしても驚きましたよ。」
 「何がだ?」
 「神薙の巫女様の護衛の件ですよ。」
 「ああ・・、あの者か・・。」
 「ええ、神雷鬼(じんらいき)という二つ名を持つ、あの武芸者に。」

 「ああ、まぁ、普通は驚くであろうな、彼奴だと分かればな。」
 「どこで知り合ったのですか?」
 「そんな事はどうでも良いではないか。」
 「・・・・。」

 神雷鬼、神薙の巫女の身辺警護のために、最高司祭が使わした者だ。
裕紀の養父であり神宮流の達人である。
この教会では助左(すけざ)と名乗っていた者である。

 「お話というのは神薙の巫女様のお迎えの件ですよね?」
 「ああ、そうだ。」

 「草薙殿からの書状で神薙の巫女様を、姫御子(ひめみこ)様に戻すという事は聞いております。
そしてこの教会に迎えの者をよこす事も。」

 「ああ、その通りだが?」

 「では、なぜお迎えが最高司祭である貴方様なのですか?
あり得ないでしょ?」

 「そうか、儂が養女(むすめ)を直々に迎えに来てもおかしくあるまい。」
 「お立場というものが御座いましょう?」

 「くだらぬ。
たかが最高司祭ではないか。」

 「たかが・・、ですか?」

 「そうだ。
それに儂は子供の使いではないのだぞ?
此処(ここ)への護衛なぞいらん。
なのに、だ、彼奴(あやつ)らが五月蠅い(うるさい)から連れて来たのだ。」

 「草薙殿、自分の歳というものをお忘れでしょ?」
 「何をいう、儂とてまだ若いわ!」
 「ほう・・、では神雷鬼と遜色ない実力だとでも?」
 「え?」
 「たいした自信でございますな。」

 「あ?! い、いや、神雷鬼と同じなどと言ってはおらん!
ん?・・・あ、いや待て・・。
確かに彼奴(あやつ)は強い。
だが歳だぞ?
緋の国の武芸者を撃退したが、苦戦をしたのではないのか?」

 「はぁ・・、やはり貴方様へ届く報告はそこまで書いてありませんでしたか。
よいですか草薙殿、あいつは化け物です。
ほんとうに人間とは思えません。
あの歳であの強さとは、冗談にも程があるというものですよ。」

 「そ、そうか?・・・。」

 「草薙殿は確かに若かりし頃は、この国では強うございました。
ですが、その頃の貴方様でも、たぶん勝てますまい。」

 「・・・・・。」

 「それなのに、今の貴方様は最高司祭になり、四六時中、机に(かじり)り付いて仕事をしております。
鍛錬もできない生活をしていたのに、現役時代と同じ腕だと言い張るのですか?
神雷鬼が倒したと同じ腕で同じ数の賊が襲ってきても大丈夫だという自信でも?」

 「そ、それは・・。」
 「言えないでしょ?」
 「う・・む。」

 「たしかに武芸者だった貴方様が、神雷鬼の活躍を聞けば血肉が踊りたくもなりましょうけど・・。」
 「そうだな、お前がいう通りだ・・、はぁ~・・・。」

 最高司祭はため息を()く。
そして天上を見ながら、昔のことを思い出す。

 若かりし頃、最高司祭の通っていた道場に神雷鬼が来た。
まだ、高弟(こうてい)達にまったく歯が立たなかった頃の話しである。
その先輩達が試合をしたのだが、赤子の手をひねるがごとく倒された。
そればかりではない、師範代でさえも全く歯が立たなかったのだ。
衝撃的であった。
そんな事を思い出していた時である・・

 「聞いていますか!」

 神父の荒げた声で最高司祭は我に返った。
思い出にふけり、神父の言葉を聞き逃していたようだ。

 「あ、悪い、悪い・・、すまなかった。」
 「まったくもう、草薙殿は・・・。
よいですか?
本日の用件は、神薙の巫女様のお迎え、でよろしいのですね。」

 「そうだ、娘が世話になった。」
 「わかりました。
それから・・」

 そう言うと神父は姿勢を正した。
最高司祭も、何事かと姿勢を正す。

「神薙の巫女様が拉致(らち)されそうになったこと、お()び致します。」

 神父は深々と頭を下げた。
最高司祭はそれを見て、慌てた。

 「いや、それは気にするな!
この教会への検問を行っていた屈強な国境警備隊でさえやられたのだ。
お前では手も足もでなかった。
それよりも、お前が無事でよかった。」

 「ありがたいお言葉です。」

 神父は下げた頭を戻す。

 「まったく、お前は律儀(りちぎ)すぎる。」

 最高司祭は神父に対し、すこし困惑した顔をした。
そんな様子の最高司祭を無視し、神父は言う。

 「では、神薙の巫女様をお呼びしますね。」
 「ああ・・、そうしてくれ。」

 神父はソファから立ち上がり、執務机に置いてある呼び鈴を取り鳴らす。
しばらくすると巫女が用件を伺いに来て、神薙の巫女を呼ぶよう神父は指示を出した。
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