第100話 対峙 2

文字数 2,259文字

  帝釈天(たいしゃくてん)だと聞いて、牛頭馬頭(ごずめず)の二人は息をのんだ。
 だが、すぐに何事もなかったかのように笑顔を向ける。

 「で、帝釈天様ともあろうお方が、このような場所に何故来た。」
 「おや、検討がつかないか?」
 「ああ、あのお方を護衛する者が、単身で地獄に来ているのだ。
 わかる(わけ)があるまい。」

 「なあ、俺は回りくどい話しをしに来たんじゃない。」
 「・・・。」
 「地獄から次元移動をするつもりか?」

 この言葉に一瞬、牛頭馬頭の二人は押し黙った。
だが、直ぐに理解できないというように答えた。

 「次元移動? 何のことだ?」
 「(とぼ)けるなよ、あるオッサンからの情報だ。」

 オッサンとは(ひど)い言い方である。
仮にも閻魔(えんま)大王なのだが・・。

 「そうか、そのオッサンは妄想癖(もうそうへき)があるのか。」
 「妄想癖か・・。
 まあ、妄想癖については否定はせんが、この件は妄想ではないだろう。」

 「妄想でないというなら、証拠でもあるのか?」
 「いや、無い。
 だが、証拠を探そうとすれば見つけられるだろうな。」

 「では、証拠を持ってから出直し・」
 「それは出来ない相談だな。」

 帝釈天は相手の言葉を(さえぎ)った。

 「俺はこれでも忙しい。
 お前()を捕まえるための証拠を(そろ)えるなんて時間の無駄だ。
 お前達に付き合う義理はないんでね。」

 「俺達をどうしたいんだ?」
 「地獄界からの次元転送は大罪だ。
 画策(かくさく)しただけでも罪に問われるほどのな。
 だが次元転送の件を教えたオッサンが言うんだ。
 お前達を処刑するのは可哀相(かわいそう)だとな。
 このオッサンがいなければ、俺は問答無用で処刑送りにしただろうな。
 やさしいだろう、このオッサン?」

 「そのオッサンとは誰なんだ?」

 「オッサンか? お前()に話す義理はない。
 それに、このオッサンがお前等とどういう関係なのか俺は知らん。
 そんなくだらない事より、どうだ、次元転送を(あきら)めんか?
 お前等が今(あきら)めれば俺も知らん顔ができるんだが?」

 「断れば?」
 「まあ、そうだな~・・・。
 この地獄のルールで力ずくでお前()の組織を(つぶ)す。
 次元転送にかかわる技術は地獄界から抹殺せねばならん。」

 「それはご自分の立場を(わきま)えない方法ではないのか?」

 「まあ、そう言うことになるかな?
 本来なら地獄界統括部門の仕事ではあるな。
 だが、俺は観光で此処(ここ)に来ているんだ。
 観光に来て目を潰れない犯罪を見たら、見ない振りはできないと思わんか?
 俺はこう見えても、この世の治安も担当してんだからさ。
 (やす)い給料でも、治安のためには働かなきゃならんのだ。」

 「・・・・。」

 「俺は観光中に実際には起きてはいない目を(つぶ)れない犯罪を見てしまったんだ。
 それも、偶々(たまたま)な。
 それで犯罪組織を潰したというストーリーはどうかな?
 これならオッサンの要望にも(かな)うしな。」

 「証拠はどうする?」

 「証拠ね~・・。
 極秘処理(あつか)いにすれば問題はないんだよね。
 俺はこれでも権力と権限があるんだよ。
 いやぁ、権力者って怖いよね。
 極秘処理の場合は、緊急を要する案件だ。
 表に出ない犯罪処理のため、問題視する者はいないだろう。」

 「いや、帝釈天様が勝手に振る舞えば地獄界は反発する。」

 「地獄界での俺への反発か?
 俺が力ずくで地獄界のお前達の組織を壊滅(かいめつ)するんだ。
 お前の組織は、力で負けた組織となる。
 力が全ての世界なんだろう、地獄界は?
 なら、反発は起こらず誰も気にしない。
 むしろ強力なライバル組織が消えるんだ、感謝されそうだな。
 なあ、地獄界に表彰状ってあんのか?」

 「・・・。」

 「無いのか?
 残念だな。
 まあいい、別に表彰状が欲しいわけではないからな。
 で、俺の解釈は間違っているか?
 いないだろう?
 故に時間もかからず犯罪を未然に防げ

、となる。
 よい考えだろう?」

 帝釈天のこの言葉に牛頭馬頭(ごずめず)から笑顔が消えた。
その表示は能面のようだ。

 馬頭は帝釈天に食い下がった。

 「しかしだ・・・。
 観光で地獄に来たというのは不自然だろう。
 前例などないことだ。
 そして犯罪を偶然見つけたというと、さらに不自然だ。」

 「まあ、それなんだがな。
 ちゃんと地獄界に来るときに観光という名目で所定の手続きをして来てんだ。
 手続きの問題はない。
 それに俺は帝釈天だ。
 戦闘好きだと思われている。
 まあ、それは否定も肯定もせんがな。
 そんな俺が地獄界に来たんだ。
 地獄界に腕試しに来たと誰でも思うだろう。
 腕試しとなると犯罪の臭いがする組織の連中に喧嘩を売ることになる。
 だから、たまたま犯罪を見つけてしまっても不思議ではあるまい。」

 「・・・。」

 「どうだ?
 矛盾は無いだろう?
 あ、一つだけ矛盾があった!
 俺は休暇中に仕事をしても、時間外手当も、代休もつかんことだ。
 同情してもいいぞ?」

 この説明に馬頭(めず)は押し黙った。
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