第192話 養父・神薙の巫女へお暇を願い出る その2

文字数 2,167文字

 神薙(かんなぎ)巫女(みこ)は、悶え苦しむという言葉に眉尻を下げた。
何か思う所があるようだ。

 助左は神薙の巫女に語りかける。

 「恋が必ず成就するとは限りません。
激しく求め合った二人でも、()めてしまうこともあります。」

 「冷めるなど!」

 神薙の巫女は突然声を荒げた。
助左は左手を上げ、神薙の巫女が何か言おうとしたのを遮る。

 「まあ、聞いて下さい。」
 「・・・。」

 「人の心とは移ろいやすいものです。
そして人は飽きやすく、人は弱いのです。」

 「・・・。」

 「ですが、本当の恋に出合ったときは違います。
己の命さえ()しむことなく、恋を貫きます。
ですが・・。」

 「・・・。」

 「人にはそれぞれ生まれながらにして与えられた使命があります。
神の采配なのか、(えにし)なのかは分かりませんが・・・。
使命は命を粗末にすることを許しません。
そして恋愛より重いものなのです。
重い使命を負った者は、恋愛をしても使命に生きねばなりませぬ。
それは辛く、苦難の道です。
想い合っていても添い遂げられない恋もあるのです。
そして生きていく上で、本当に恋しい人とは別の人と添い遂げることもあります。」

 「・・・・。」

 「辛いことですが、教会、神社、または武家社会においては使命が優先されます。
(むご)いことです。
ですが、それがこの世の(ことわり)なのです。」

 「・・・。」

 「ですが人を好きになる気持ちは抑えるべきではない。
もし抑えてしまえば自分の心が死にます。
かといって使命を忘れてはなりません。
どう折り合いをつけるか、それは自分が決めることです。」

 「・・・。」

 「ただ・・。」
 「?・・。」
 「使命を放棄してしまうのも一つの考えです。」
 「え!」
 「ですが、その場合は周りを巻き込むことを覚悟せねばなりません。
周りとは肉親、および親戚一同、友人、そして恋人とその周りです。
使命を放棄すれば己の恋は成就できます。
ですが・・。」

 「周りが咎められ、死刑もあり得る。
そして自分たちも・・。
最悪は国同士の争い・・でしょうか?」

 助左は頷いた。

 「ですのでこれはお薦めできません。」
 「ならば使命のある者は恋愛はしない方がよいのでしょうか?」
 「いえ、私は使命を忘れなければ、自分の気持ちに従い行動すべきだと思います。」

 「・・・自分の気持ちが分からない時は?」
 「いえ、(おの)ずとどうすればよいか分かるかと。」
 「・・・はぃ・・。」

 「さて、これは独り言です。」
 「え?」

 「(たと)えば我が愚息が恋する女性に会いたいというなら、私はできる限り応援します。
それが適わぬ恋であったとしてもです。
だが、適わぬ恋ならば逢えば辛くなる。
しかし逢わずに一生後悔するならば逢いに行くべきだと私は思います。
そして逢う逢わないは相手の女性次第です。
相手の女性は会いたくなければ、逢わなければよいのです。
例え相手が逢わなかったとしても、逢いに行かずに後悔を残すよりはよいと思うのです。」

 その言葉を聞き、神薙の巫女は目を見開いた。
そして・・・

一滴(ひとしずく)、ポツリと目から溢れたものが頬を伝って床に落ちる。
顔を両手で(おお)(うつむ)くと、肩を震わせた。

 助左はそっと神薙の巫女に近づくと両手をその肩に優しく置いた。

 神薙の巫女は嗚咽混じりに、言葉を繋ぐ。

 「あ、あなた様の・・ご、ご子息が・・・。」
 「・・・。」
 「その女性に会いに、逢いに・・来たら・・。」
 「はい。」
 「その、じょ、女性は会うに違いありません・・。」
 「そうですか、そうならばよいですね。」
 「わ、私は・・。」
 「・・・・。」
 「逢いに、あ、逢いに来て・・欲しいと・・。」
 「・・・。」
 「その女性は・・、女性は思うに・・ち、違いないかと・・。」
 「そうですか、それはよい例えを聞きました。」
 「うっ、う、う!・・・」

 神薙の巫女は助左の胸に(すが)り付き、嗚咽(おえつ)(こら)えながら泣き始めた。
助左は神薙の巫女が落ち着くまで、やさしく抱擁をし背中を軽く叩く。
神薙の巫女が落ち着くと、助左は神父を迎えに一度部屋を出て行った。

 しばらくして助左と神父が部屋に戻ってきた。
助左はどうやら神父を探すのに少し時間をかけ、神薙の巫女がさらに落ち着く時間を与えたようだ。

 神父はすこし目を腫らした神薙の巫女を心配そうに見たが何も言うことはなかった。
助左は再び神父と、神薙の巫女に別れを告げた。
今度は二人とも別れを止めることは無かった。

、助左は挨拶を終え、部屋を出ようとドアに向かう。
すると神薙の巫女は、助左の後についてきた。
部屋を助左が出るまで側にいたかったのであろう。

 助左はドアのノブに手をかけ、動きを止める。
そして振り返らずに後ろにいる神薙の巫女へ、神父に聞こえないよう小さな声で呟いた。

 「我が愚息と貴方に運命のそよ風があらんことを。」

 そう呟いて助左は部屋から出て行った。
後に残された神薙の巫女は、その場に立ち尽くす。
神父は何も言わず、神薙の巫女の後ろ姿を見ていた。

 運命のそよ風とは、出会い、邂逅、またはよい付き合いの始まりを意味する。

 植物の種は風に運ばれて、着地し発芽をする。
それは種をよい地面へ風が運んでくれた時である。
よい風でないなら、よい場所に種はたどり着けない。

 心地よい風に逆らわず流された種子だけが、よい場所に根付くという格言だ。

 助左は神薙の巫女に、愚息が逢いにくるやもしれぬと伝えたのだ。
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