第193話 祐紀の養父・襲撃される。

文字数 2,596文字

 助左(すけざ)は、教会を辞して家への帰路についた。

 「さて、さて・・、帰ったら兵衛(ひょうえ)はどういう反応を示すのであろうか・・。」

 兵衛とは神社の留守を任せた者だ。

 助左こと神一郎は神社の最高責任者である宮司(ぐうじ)である。
そのような者が、散歩に出るというだけの簡単な書き置きを残して神社から居なくなったのである。
それも小一時間ではない。
数ヶ月間も。

 突然神社の対応を任された兵衛はたまったものではないであろう。
ニコニコしてお帰りなさいなどいうはずはない。
怒鳴られて当たり前である。

 ここに居ない兵衛に向かって独り言を言う。

 「(わし)にかわり宮司になると言ってはくれまいかのう・・・。
そしたら儂は自由気ままになれるのだがのう。」

 そう助左は、いや・・間宮 神一郎はノホホンと呟いた。

 神一郎は兵衛を宮司にしたいようだ。
だがこの世界では神一郎以外宮司としては認められない。
希望するだけ無駄なのである・・・。

 神一郎は陽の国に来た道を逆に辿り、自分の神社がある陰の国に向かう。

 道中手形は、国の祭司を行う宮司にはよほどの理由が無い限りは出されない。
つまり神一郎は密入国をして陽の国に来ている。

 普通、一介の宮司が密入国などできない。
関所などを通らずに越境する道なぞ知る由もないのだ。
それにたとえ知ったとしても、命がけで通る崖などの道なき道である。
さらに言えば毒蛇や熊、盗賊に遭遇する危険がある。
密入国をする者は命がけで逃げる者か、人様に言えない家業の者くらいである。

 しかし神一郎は若かりし頃に武者修行をするため陽の国に密入国をしたことがあった。
それが今、役にたっているのだ。

 神一郎は難所の山越えを難なくこなす。
武芸で鍛えていただけのことはあるようだ。

 この先、難所など無くすぐ目の前が陰の国との国境に来た時、神一郎は母国を前にしてホッとした。

 「やれやれ、やっと帰れた・・・。
草薙(くさなぎ)の奴、(わし)に泣きつくのはいいが、儂も(とし)だということを少しは考えてもらいたいものだ。」

 そう神一郎は、陽の国の中央神殿がある方向を振り向いて愚痴った。
草薙というのは神薙の巫女の養父、最高司祭の名字である。

 「さて、ここまでくればもう安心だ。ゆっくりと帰ろうではないか。」

 そう(つぶや)いた時だ・・

  ヒュン!

 突然、(かす)かな音が響いた。
神一郎は咄嗟(とっさ)に体を(ひね)る。
だが、一瞬、遅かった。

 弓矢が右肩に刺さる。

 「ぐっ!!」

 神一郎はその場に膝をつく。
声にならない声をあげ、刺さった矢を肩近くでへし折る。
そしてすぐさま体制を立て直そうとした時だ・・。

  ヒュン!

 またしても矢の音が響く。
神一郎は地面に転がりこんだ。
その勢いを殺さず、そのまま道脇の(やぶ)に転がる。
胸ほどの高さがある笹藪だ。

 神一郎は即座に中腰で立ち上がる。
そしてなるべく笹を揺らさないように中腰で走った。

 幸いにも風が強く吹いており、笹を多少揺らしても気づかれない。
三の矢は飛んでこなかった。

 神一郎が襲われた場所から陰の国方向に少し離れた場所の木が揺れた。

 トスン!

 軽い音を立て、軽く膝を曲げ着地をした者がいた。
木から飛び降りてきたのだ。

 この者以外は気配は無かった。
どうやら襲撃者はこの者一人のようだ。

 弓を左手に持ち、矢筒を肩にかけている。
独特の形をした弓だ。

 その者は道から藪へと血痕が続いているのを確認する。

 「手応え(てごたえ)はあった。
塗ってある毒は即効性ではないが、確実に回る。
医者がおれば助かる見込みはあるだろうがな。
このような場所に、人など来はしない。
密入国などするから命取りとなるのだ。
ふん、哀れなものよのう。
これというのも神薙(かんなぎ)巫女(みこ)拉致(らち)を邪魔した報いだ。」

 そう(つぶや)きほくそ()んだ。

 この者は神薙の巫女の拉致グループを遠くから監視していた者である。
影の監視役であり、緋の国でもその存在を知る者は少ない。

 特に重要であり失敗が許されない密命があった場合に行動をする間者だ。
密命を帯びて行動する者とは、まったく別に行動をし監視する。
そして密命の任務に失敗して捉えられた間者の始末を行うのだ。
さらに密命の失敗の原因を解析し、次回成功するための謀略を巡らすことも任務にしている。

 そのような者が何故、神一郎の後を付けてきたのか・・。

 一つには口封じに失敗した事が原因である。
神薙の巫女の拉致に失敗し捕らえられた間者の監視と警備が厳重すぎたのだ。
なんとか隙がないか伺ったが無駄であった。
その間に間者どもの吟味が終わってしまったのだ。

 そして失敗した神薙の巫女の拉致を再び行う画策であるが不可能となった。
今まで緋の国が築いてきた拠点、ネットワークが崩壊したのだ。
捕らえられた者たちの中に、それらの者達がいたのだ。

 ならば国に帰り皇帝にすぐに報告すべきであるのだが・・。
それなのに神一郎の後を気配を消し、付けてきたのである。

 その者は血痕を見ながら、感慨にふけっていた。

 「まさか彼奴(あやつ)一人により神薙の巫女の拉致に失敗するとは思わなんだ。
まんまと騙されたわ。
自分を無能だと思わせて我が国の間者を踊らすとはのう・・。
それにあれほどの手練れ(てだれ)とは。
さらにだ・・。
ここに来るまで隙が無い。
この国境で油断をしてくれたのは僥倖(ぎょうこう)であった。
これで皇帝へ汚名返上ができるというものよ。」

 そう言ってほっとした顔をした。

 「だが彼奴がここに来たということは、陰の国の者か?
いや、陰の国を抜け別の国に向かおうとしていたのか?
いったい何者なのだ?
間者には見えん。
かといって武家でもないように思える。
分からん・・。
まぁよい、彼奴のようなやっかいな者に今後邪魔されぬよう始末さえできればよしとしよう。」

 そう呟いたときだ。

 「(わし)が邪魔だとは、失礼な奴だな。」
 「なっ!」

 己の背後から突然声がかかり、あわてて弓を捨てる。
それと同時に懐に手を入れて振り向きざまクナイを投げようと振り向いた。

 その瞬間、胸を短刀が貫ぬく。

 「ぐっ!」

 やがて体が徐々に傾き、その者は崩れ落ちた。

 神一郎は、その者が倒れるのを見届けると、後ろによろめきながら後退(あとずさ)る。
そして背中を木にぶつけ、膝から崩れて木に寄りかかる。

 息は荒く、冷や汗が止まらない。
意識が徐々に遠のいていく。

 声にならない声で呟いた。

 「祐紀(ゆうき)・・・。」

 意識が薄れていく。
意識を失う直前、視界に何かが入ってきた。
焦点をそれに合わせようとするが無駄であった。
神一郎は意識を失った。
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