第83話 最高司祭の苦悩

文字数 2,871文字

 姫御子(ひめみこ)の養父である最高司祭が、(みやこ)に戻った日の事。
自室に入るやいなや、部下が直ぐさま報告に来た。

 姫御子(ひめみこ)との連絡役についてだった。
姫御子と連絡を取ると言って出たきり消息が途絶えたという。
それも、姫御子との初めての接触の日だったらしい。

 おそらく消されたのだろう。

 まさかの報告に、一瞬表情が曇った。
優秀な部下だった。
小泉一派などに遅れを取る者ではない。

 それに小泉神官が殺人まで行うとは思えない。
見た目より肝が小さい奴だからだ。
おそらく()の国の影(※1)の仕業だろう。

 しかし・・
情報部は秘密部門で、人員など緋の国にわかる筈は無い。
つけ狙うのことなど不可能だ。

 だとすると牢で待ち受けていた事になる。
姫御子と接触する者を待ち構えていたのだろう。

 だが、あの牢は城の地下にあり警備体制が厳しい場所だ。
他国の者が忍び込むことなど不可能だ。
小泉神官が画策できる場所ではない。

 しかし・・
牢での待ち伏せ以外は考えられない。

 ・・・。
吟味方(ぎんみがた)(※2)が荷担している?
それならば、何かと理由を付けて人を入れることはできる。

 だとしたら、吟味方の長である吉左衛門の仕業か?
いや、

に通じているとは思えん。
あの者は、正義感だけは強い。

懇意(こんい)にするとはないだろう。

 だとすると・・
吟味方に

の草(※3)が役人として入りこんでいるか?
そうならば、厄介この上ない。
思わず溜息をつく。

 報告しに来た神官に、消息を絶った神官の継続捜査を命じた。
報告の者が去るのと同時に、別の神官が報告にきた。
その神官から手渡された書類を見て愕然とする。

 改竄(かいざん)された書類だった。

 その者は吟味役から求められた書類を確認していた。
書類に目を通していて見つけたらしい。

 その書類は・・
儂の花押(かおう)※4 が、確かに書かれていた。
見た限り自分が作成したものに見える。

 よく出来た改竄書類だ。
しかし、記載内容の全てが嘘ではない。
嘘を紛れ込ませてあるのだ。
手の込んだことをしてくれるものだ。

 もし、こんな書類を無能な吟味役が見たら厄介だ。
報告しにきた神官に手柄を褒め業務に戻らせた。

 帰ってきた早々、さい先が悪い。

 それに目の前のものも・・。
机の上に山と積まれた未決済書類がある。

 今日は、この書類を片付けるだけで手一杯だ。
姫御子の対策は明日から腰を据えて行うことにしよう。

 この時はまだ、姫御子の吟味をあまり心配していなかった。
だが、小泉神官を甘くみすぎていた事を思い知らされる事になる。

-------------

 翌朝、出仕し執務室の席に着いた時だった。
椅子に座った瞬間に、神官が報告に来たのだ。
改竄(かいざん)された書類の報告を昨日した者だ。

 その者は、自分の業務が一段落した夜、気になり調査をしたらしい。
吟味によっては、さらに追加されるであろう書類を。
すると、稚拙(ちせつ)な改竄書類を見つけたようだ。
その報告にきたのだ。

 その話しをしている時に、今度は会計監査の部下が来た。
その部下は、過去の事例を調べていたようだ。
その中に不自然な出費項目があった。
巧妙に改竄されたものだったのだ。
それを報告しにきたのだ。

 その報告を聞き、いやな予感がした。
改竄(かいざん)書類が簡単に見つかりすぎる。
なぜ、巧妙に隠していない?
それに、もしかしてまだあるのではないか?
そう思った。

 急遽、信頼できる神官を極秘裏(ごくひり)に集めた。
そして書類の確認作業と、改竄を元に戻す指示を出したのだ。

 その結果・・。
偽造書類が多数出て来た。
木を隠すなら森の中、ではないが・・。
稚拙(ちせつ)な改竄のものの中に、よくできた改竄のものを紛れ込ませていた。

 稚拙のものなら、追求されても言い逃れが出来る。
だが、よくできたものは致命傷になりかねない。

 そして、よくできた改竄書類を見つけるのには時間がかかる。
じっくりと腰をすえての検証が必要だ。
できの悪い改竄文書に気を取られていると、見逃してしまう。

 そのため一時も休めず、対応に追われることとなった。

 おそらくこの改竄文書は、(わし)(おとしい)れるためのものではないだろう。
儂の時間を浪費させるためのものだ。
姫御子の手助けをさせないための工作であろう。
まんまと()められたのだ。

 神殿内の信頼できる神官は、この改竄騒ぎの対応で手一杯だ。
とても姫御子の対応に人員を割けない。

 忌々しい。

 そうなると頼みの綱は情報部なのだが・・。
ここも今は手一杯状態であった。

 これも小泉神官に起因する。

の陰謀だと騒いだのが要因だ。
それも姫御子が荷担していると。

 城の重役達が、姫御子擁護(ようご)派とそうでない派閥で争い始めたのだ。
あるいは

と友好的な者と、そうでない者で。

 そして、これを好機だと見た他国が暗躍し始めたのだ。

 情報部は、他国の対策に追われることとなった。
おかげで、姫御子に人員を振り分けられなくなったのだ。

 しかし・・。
本当に、これは小泉神官が考えて実行しているのだろうか?

 ここまで用意周到に、奴だけでできるとは思えない。
神殿内での書類の改竄など、普通はできない。

 神殿内にも緋の国の者が入り込んでいるのだろうか?
そして、奴の活動資金だ。
ここまで大がかりにできる潤沢な資金だ。

 緋の国がこれほど金をかけたとなると・・

 もうすこし調査が必要だ。
調査部さえ、使えれば・・・。
なんともどかしい事か。

 ギリリと奥歯を噛みしめた。

 姫御子には、自分で自分の身を守ってもらうしかない。
我が娘なら、最悪の事態にはならないようにできるだろう。

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参考)

※1 影  : かげ
   間者(スパイ)、または暗殺者。

※2 吟味方 : ぎんみかた
   警察のような部門

※3 草  : くさ
   他国の者が国に住み着いて国民として生活している間者。
   地域に根付いた町民、商人、武士など。

※4 花押 : かおう
   署名の代わりに書く模様、または変形した文字など。参考

注意) 武家時代の役所、用語を参考にしています。
    この小説は架空のものですので、武家社会に準じて書いてはいます。
    ですが、身分による対応、役所の機能など矛盾点があります。
    時代考証を行っておりませんので、その点ご容赦願います。
    この点、他の話しにおいても同じです。
    たまに本注意書きをしない場合もあります。
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