第138話 佐伯、山を下りる

文字数 2,384文字

 佐伯は地龍の怖ろしさを知り暫し呆然としていた。
暫くしてそんな自分に自分で気がつく。

 如何(いかん)

 そう思い思わず後ろを振り向く。
そこには呆然と立ち尽くす部下達がいた。

 無理もない。
あの人知(じんち)を越えた荒ぶる龍の力を見たのだ。
だが、だからといって戦意喪失となってもらっては困る。

 「さて、どうしたものようのう・・・。」

 佐伯は独り言ち(ひとりごち)た。

 それというのも、先ほど部下達を鼓舞したばかりだからだ。
その直後に地龍の底知れない力を目の当たりにしてしまった。
今は(わし)が何をいっても、心には響かんだろう。
心に届かぬ激励ほど(むな)しく無駄なものはない。

 だが・・・
彼らは儂の部下だ。
そして精鋭中の精鋭でもある。
ならば、すこし()てば自ず(おのず)と心を決めよう。
例え自分の命を捨てても敵わぬ相手でも立ち向かうであろう・・。

 佐伯は部下達を信じることにした。
視線を部下達から外し再び国境沿いにある山脈(やまなみ)を見つめる。

 見えるのは漆黒の闇だけだ。
山の輪郭など見えない。
佐伯は稲光がするのを待った。
稲光さえすれば山脈などが見え、多少はさらに状況がわかるかと思ったからだ。

 だが、稲光はしなかった。

 国境付近で発生していた雷は止んでしまったようである。
しかしこの漆黒の闇ならば(ほの)かに光る地龍なら、こちらに来るなら分かるはずだ。
そう思い佐伯は何も見えない闇を見続けた。
だが一刻ほど(2時間)しても地龍は姿を見せようとしなかった。

 一瞬、地龍はこの地から去ったのではないかとも思った。
しかし城下上空には今だに漆黒の雲が天を覆っている。
この光景を見れば、地龍がこの地を去ったとは思えない。

 いったいどうしたということだ?

 佐伯は思いあぐねた。
あの地龍にいったい何が起こっているというのだろう?
人々に復讐をするのなら、城下町に戻ってくるはずだ。
なのになぜ戻って来ぬ?

 結界に長い間閉じ込められた影響があるのだろうか?
まずは休息ということか?・・。
もし眠りについたなら古書によると地龍は100年寝るとあった。
それならば喜ぶべきであろう。

 もし、眠りについておらず一時の休息ならば・・・。
はて、どのくらいであろう?
人ならば一時の休息というなら、まぁ1時間というところか。
寝る時間のおおよそ八分の1と考えれば、12~13年ということになる。
そうなれば陽の国の草薙(くさなぎ)巫女(みこ)の援助が得られるかもしれぬ。
だが、人ではなく龍だ。
このような推論は無意味であろう。

 佐伯はそう考えながら今までの地龍の行動を思い浮かべた。
そこでふと疑問が生じる。
地龍は空中を狂ったように暴れた。
だが城下にいる人など目に入っていないかったのではないか、と。

 そう・・、家屋(かおく)に体当たりなどして城下町を破壊していないのだ。
それに道にいる人々を喰らいつくそうともしていない。
ただただ空中を狂ったかのように東奔西走し続けたに過ぎない。

 この国の人間に恨みを抱いているならば・・。
家屋を壊し、人を食い尽くそうとするだろうに・・。

 もしや、地龍は正気をなくして狂ってしまっているのではないのか?

 もしそうなら、自分が何故暴れるかまで分からなくなっている可能性がある。
それならば、先ほどの地龍の暴れようもわかる。

 そう考えた後、佐伯はそれ以上考えるのをやめた。
今の考えはあくまでも状況判断にすぎない。
そのような考えを殿に報告などできるものではない。
地龍の情報は無いに等しい。
そんな状況で考えても分かる(はず)などないのだ。

 佐伯は考えを切り替える。
これからどうするかを考え始めた。
まず龍と対峙するためのには武器が必要だ。
自分自身は脇差し(わきざし)しか持ち合わせていない。
儂以外では、儂の身辺警護の数人が大小を差している程度だ。
ともかく、全員に武器がいる。

 そう考えながら、佐伯は失笑した。
武器を調達したからといって地龍を退治できるわけがない、と。
なにせ地龍は上空を自在に飛ぶ。
手の届かない空中の敵に槍や刀でどう立ち向かえというのだ?
仮に地上に降りてきても刃より固い鱗に覆われているのだ。
銃でさえおそらく通用はしまい。
武器など無意味だ。

 だが武士として何もせずに滅ぼされるのは恥じだ。

 まずは城に戻り武器を手にいれよう・・。
それから庶民の様子を知る必要がある。
庶民が地龍の恐怖でパニックを起こし暴動が起きかねない。
町奉行所と連携して被害状況の把握が必要だ。

 佐伯はそう判断し部下に指示を出そうと振り返り部下を見た。
するとそこには先ほどと変わらず、呆然と立ちつくしている部下がいた。
人外の生き物、いや神の使いである荒れ狂う地龍を初めて見たのだ。
恐怖を感じ、恐れおののくのは人として当然だろう。

 だが、それでは済まされぬ。

 殿に忠誠を誓い、(ろく)をもらっているのだ。
武士としての務めがある。
佐伯は丹田(たんでん)に力を込め、部下達を怒鳴る。

 「いつまで(ほう)けて居る! このバカ者ども!」

 佐伯の叱咤(しった)に部下達は、ハッとして正気に戻る。
慌てて姿勢を正し、隊列を組み直す。
佐伯は部下達に命令を下す。

 「今から城下に戻り武器倉(ぶきぐら)から武器を出せ!
槍でも鉄砲でもよい、自分の得意とする武器だ!
地龍から殿を守り、城を守るのだ。
そして(たみ)達を守り、安心させるのだ。」

 「「 御意! 」」

 「上原(うえはら)! 上原は居るか!」
 「はい!」

 一人の若武者が隊より抜け出し、佐伯の前で跪く(ひざまづく)

 「良いか、其方は寺社奉行所にもどれ!」
 「は!」
 「そして全員に武器を持たせ、その者等とともに城の警護に回れ!
そして城の者に地龍の件を話し武装させ地龍に対する警戒態勢を敷け。」
 「は!」
 「よし、行け!」
 「佐伯様! ご武運を!」

 上原はそう言うと隊からはずれ山道を降りて行った。
佐伯は残った全員に号令をかける。

 「よし儂等(わしら)も城下におりるぞ!」
 「「 御意 」」

 部下の者達は己を奮い立たせるためであろう、大声を上げた。
その声に佐伯は頷くと、(きびす)を返し城下に向かった。
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