第128話 結界に閉じ込められた龍・白眉

文字数 2,502文字

 帝釈天(たいしゃくてん)は陰の国の川沿いに来ていた。

 川沿いに建つ御堂(おどう)の前で声をかける。

 「居るか、白眉(はくび)?」
 「!」
 「俺の声を忘れたか?」
 「まさか、その声は!・・、帝釈天様!?」
 「そうだ、邪魔するぞ。」

 「え?! いや、お待ちを!」
 「ん? 何か都合が悪いのか?」
 「私は天界から追放された身です。
そのような私と面会されて何とします!
帝釈天様のお立場をお考え下さい!」

 「ふん、下らぬ事を。気にするな。」

 そう言って帝釈天は御堂の扉を開けて入った。
入ったとたんに姿が消える。
結界の中に入ったのだ。

---

 白眉はその昔、陰の国の人により生け(にえ)の血を飲まされた龍だ。
白眉は人の血で(けが)され、正気を失った。
そして本来守るべき人間達を襲って喰い散らかしたのだ
それにより、人々は逃げ惑い建物は破壊され見るに堪えない状況となった。
なんとか白眉に(しず)まってもらおうと、巫女や霊能力者を向かわせたが無駄であった。
やがて国は白眉により滅ぼされた。

 見かねた他国の高僧が、意を決して国教を超えてきて白眉と対峙した。
そして自分の命を削り、その白眉を結界で閉じ込めたのだ。
そして、閉じ込めたその場所に御堂を建て結界を維持したのである。
帝釈天が入ったのは、その御堂である。

 龍は地上と天界を行き来して人に平和をもたらす神の眷属だ。
だが、穢れた龍は神の眷属、神龍としてはいられない。
眷属ではなくなったのだ。
そして神界へ白眉は入れなくなった。
人の所業で穢れたとは言え、神は白眉を見放したのだ。

 同時に神は白眉が人間に対して、今後何をしても介入しない事にした。
もし白眉が結界を破れば、人では抗う術が無い。
白眉を閉じ込めた高僧はもういないのだ。
誰にも止めることはできない。
つまり、ある意味神は人間も罰したのだ。

 幸い結界は壊れることなく白眉を未だに閉じ込めている。
だが、結界も永遠のものではない。
結界をささえる御堂が老朽化してきたからだ。
御堂が洪水などで流されたり、壊れれば結界はなくなる。

 だからといって修理などできない。
理由は為政者(いせいしゃ)奢り(おごり)と、時代を経て人々が御堂を顧みなくなったからだ。
それにより御堂に鎮護(ちんご)の式を行わなくなり結界が脆弱化したのが理由だ。

 鎮護の式は、白眉を閉じ込めた高僧が立てた寺が執り行っていた。
だが、為政者があるときから財政を見直し鎮護の予算を削ったのだ。
その当時、すでに白眉の話しはおとぎ話だと為政者は思っていたようだ。
寺もお金にならない事はしない時代となっていた。
もし鎮護の式が継続されていたならば結界は補強されていた。
それを行わなくなったため、結界が御堂の修理不可能なまでに弱まってしまったのだ。
今の時代、御堂を修理できるまで結界の補強などできる霊能力者はいない。
だから修理ができない状況なのである。

 タラレバでいうなら、帝釈天ならば簡単に結界を張れる。
だが、神としてそれはできないのは言うまでも無い。
だが、結界を張りなおせる手段は無いことはない。
祐紀と姫御子(現・草薙の巫女)が二人で張り直したならばなんとかなる可能性はあった。

 だが、人間とはバカな生き物だ。
為政者の縄張り意識で、姫御子が陰の国に手を貸せなくしたのである。
白眉が結界を破った場合を甘くみているとしか言えない。
白眉が陽の国を襲わないとでも思っているのだろうか?
白眉が正気でなかったなら、襲われても不思議ではないのだ。

 では、白眉とはもともとはどのような龍であったのだろう・・。
白眉は神龍の中でも、優れた龍であった。
神々からの信頼も厚かったのである。
人への庇護欲も強く、人にやさしい龍であった。

 だが、それが災いをした。
人につけ入る隙をあたえ穢れさせられることになる。
逆に言うと、隙ができるほど人を信頼していたとも言える。

 その白龍であるが、天界に戻ってはよく帝釈天と遊んだ。
帝釈天にとっては子供の頃からのよい遊び手であったのだ。

 ちなみに白眉はある神の眷属である。
直接には帝釈天とは関係しない眷属であった。
だが、帝釈天は武に優れていたため白眉が(なつ)いたのだ。
それは龍が強いものに()かれ、従う習性によるものだ。

 白眉が神から見放されたときに、帝釈天はなんとか助けたいと思った。
だが、そのころの帝釈天にはそのような力(権力)はなかった。
母である奪衣婆にお願いしても、奪衣婆の力では司法を司る神へ進言できなかったのだ。

---

 御堂に入った帝釈天は白眉を見て目を(ひそ)めた。
昔のような闊達さ(かったつさ)はなく、老いさらばえているように見える。
背中の鱗は龍らしく、光輝いてはいる。
だが、一部艶を無くして剥がれかけているのだ。
そして、腹の部分が一部半透明になっている。
消え去る兆候の現れだ。

 「帝釈天様、お久しぶりです。」
 「うむ、久しいな・・。」
 「このような姿でお会いしたくはなかったのですが・・。」
 「気にするな、それより済まなかったなお前を助けられず。」
 「・・・そのようなお言葉をいただけるとは・・。
ですが、そのような事は気になさらないで下さい。
私が血に穢され、人を喰ったことは事実なのですから。」

 そういって白眉は帝釈天を見つめた。
昔を思い出しているのであろう。
柔和な顔になる。

 帝釈天は白眉に聞く。

 「正気に戻っていたのだな。」
 「はい。」
 「これからまた人を喰らいたいか?」
 「帝釈天様!
龍は人など喰いませぬぞ。」

 「はははははは、そうか、そうか・・冗談だ許せ。」
 「まったく変わっていませんね、貴方様は!」
 「そう怒るな、で、人を喰らいお前の気は済んだのか?」
 「いえ、済んでいません。」
 「?!」

 その言葉に帝釈天は、目を(すが)めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み