第240話 緋の国・白眉 その2

文字数 2,831文字

 ()の国では白眉(はくび)の山の(ねぐら)の調査を、白眉が山に塒を作ってから数ヶ月()っても実施されなかった。

 調査をする人選が難航したからである。
無理も無い事だ。
人外の恐ろしい力を持ち、山を簡単に破壊する地龍の塒に入り込むのだ。
探査をしに行くというのは、死にに行けと言っているようなものである。

       * * * * *

 軍務大臣は頭を抱えていた。
調査隊は貴族を隊長にしなければならないという(おきて)がある。

 緋の国は軍事大国だ。
武勇のある貴族は多い。
だが調査隊に立候補する者がいないのだ。
武勲(ぶくん)は人間相手なら立てることはできよう。
だが龍が相手となるとそうはいかない。

 立候補者がいないならば軍務大臣が指名すればよい。
だが、そうはいかなかった。

 地龍の塒の調査隊長ともなれば、国の安全を吟味(ぎんみ)する重要な調査だ。
皇帝陛下から直々に声がかけられる。
たいへん名誉な役職である。
高位貴族からすれば下位貴族になどに任せられない。

 つまり軍務大臣としては、高位貴族を調査隊の隊長にするしかないのである。

 だが調査隊長の候補を選出すると圧力がかかるのだ。
名誉よりも子息を危険な場所に出したくないのだ。
そのくせ下位貴族にしようとすると、これにも圧力がかかるのである。

 もともと軍務大臣は高位の貴族を嫌っていた。
それは軍務大臣の家の爵位(しゃくい)が低いことに起因する。

 軍の士官学校の時、高位貴族には爵位を(たて)に散々な屈辱(くつじょく)を味わった。
だから、出世をし見返してやりたかった。
軍に入ると、がむしゃらに武勲を上げ苦労の末に軍務大臣になった。

 軍務大臣という権力に、高位貴族であろうと部下は逆らえない。
それは思惑通りであった。
だが爵位の高い親が爵位を盾に息子の便宜や、人事に口を挟んで来た。
軍務大臣とはいえ、部下ではない者に爵位を盾にされれば聞かざるをえなかった。

 ならば爵位を上げればよいのだが、そうはいかない。
緋の国は爵位は、爵位ごとに人数が決まっているのだ。
だから、おいそれと爵位がもらえたり、簡単に上がるものではない。
爵位のある家が没落するか、爵位を取り上げられない限りは。

 軍務大臣は、貴族リストを見て奥歯を噛みしめる。
調査隊を早く結成しなければ、皇帝から叱責される。
下手をすればお払い箱だ。いや、処刑されるやもしれないのだ。

 そして調査隊の人員が決まらないうちに、定例会議が御前で開かれた。

 主たる議題は他国侵略に向けた計画の進捗具合と、陽の国の姫御子の拉致である。
軍務大臣はあえて調査隊の件については報告内容から外した。
皇帝がこの件に対し、議会で取り上げないことを(わず)かに期待をして。

 --

 宰相(さいしょう)は特務機関の長官に進捗を聞く。

 「ソンピン長官、姫御子の拉致計画はどうなっておる?」

 「計画通りに事は進んでおります。
あちらの神官が姫御子(ひめみこ)濡れ衣(ぬれぎぬ)を着せるのに成功したと先日報告が入りました。
姫御子が手に入るのも時間の問題でしょう。」

 「順調のようだな、皇帝陛下、ご意見はございますか?」
 「そうだな・・、ソンビンよ、良くやった。」
 「有り難きお言葉。」
 「だが、失敗は許さぬ。」
 「っ・・!、御意。」

 皇帝の言葉に、ソンビンは一瞬にして笑顔が消え真っ青になる。
皇帝は次の議題に移れと(あご)を軽く上げる。

 「では次に・・軍務大臣、他国への侵略計画はどうなっておる?」

 宰相がそう軍務大臣に質問をした時だ。
軍務大臣が答える前に、皇帝が声をあげる。

 「タイリョよ、その前に地龍の調査隊についての報告が無いが?」
 「そ、それは!・・・。」
 「なぜ迅速に調査隊を組織して、調査を行わぬ?」
 「あ、いえ、その・・。」
 「まさか、進展が無いとか言わぬだろうな?」
 「そ、そのような事は!・・。」

 皇帝は軍務大臣の顔を見る。
冷たい目だ。
軍務大臣は(へび)(にら)まれたカエルのように、体を縮こまらせた。
額には冷や汗が(にじ)み出ている。

 宰相は少し口角(こうかく)を上げニヤリとした。
此奴(こやつ)、これで終わったな、と宰相は内心で思った。
だが意外な事が起こったのである。

 「そうか・・・、ならもう少しは待とう。」
 「あ、ありがとうございます、皇帝陛下!」

 タイリョは機械仕掛けの人形のように、勢いよく敬礼をし皇帝陛下に礼を言う。
宰相はこれには驚いた。

 「よろしいので、皇帝陛下?」
 「何がだ?」
 「い、いぇ・・、何でもありません。」

 宰相であるゴリョウは、皇帝に睨まれ顔を青くし慌てて答えた。
会議はその後、経済状況、穀物の今年の予測など次々と滞りなくすすめられ終了した。

--

 会議が終了し関連部署で雑用をこなした後、宰相は執務(しつむ)室に戻った。
だが業務をしばらくしていると、皇帝から呼び出しが掛かる。

 宰相は地龍の件であろうと思った。
重い足取りで皇帝陛下の執務室に向かう。

 衛兵に皇帝陛下への取り次ぎを依頼し、皇帝の執務室に入った。
皇帝は書類に目を落としたまま、宰相に声をかける。

 「座って待っておれ。」
 「ははっ。」

 宰相は所在なげに椅子に座る。
すぐに侍女がお茶をテーブルの上に置いた。

 宰相は茶を手にとる。
お茶は小刻みに震えていた。

 待たされること30分・・。

 「待たせたな。」

 皇帝はそう言うと、宰相の正面の席にドカリと腰を落とした。
侍女がすかさずお茶を出す。

 皇帝はそのお茶を手にとり、一口、口に含む。
その時、宰相は気がついた。
皇帝の側から侍女は立ち去ろうとはしなかった。
小刻みに震え、顔が青い。

 皇帝はお茶をテーブルの上に置き、斜め後ろに控えている侍女を見ずに口を開いた。

 「駄目だな。」
 「ひっ! お、お許しを!」

 皇帝が軽く手を振ると扉近くに控えていた近衛兵が侍女に近づく。

 「お、お慈悲を、お慈悲をっ!!」

 皇帝は眉一つ動かさずジロリと侍女を見る。

 「ひっ!」

 悲鳴を飲み込んだ侍女は近衛兵に引きづられ、扉から出て行った。
閉まったドアの向こうから悲鳴が聞こえる。

 「あの侍女、何かしましたか?」
 「茶が不味い。」
 「そうでしたか・・。」
 「今日、あの侍女が茶を出したのは二度目だ。」
 「そうでございましたか、よく一度目をお許しに・・。」

 「ふん、急用があり後回しとなっただけだ。
許したわけではない。」

 「そ、そうでございましたか・・。」

 別の侍女が近衛兵に連れられて、部屋に入ってきた。
筆頭(ひっとう)侍女に()ぐ高位の侍女である。
自分がいるのに呼ばれて入って来たことに宰相は怪訝な顔をした。
その侍女は顔色が青かった。

 皇帝はちらりとその侍女を見て口を開く。

 「先ほどの侍女を雇ったのはお前だな?」
 「ち、違います!」
 「違う?」
 「は、はい! 私は皇帝陛下が気にかけている商会から頼まれまして・」

 「黙れ!」
 「ひっ!」
 「侍女を採用したのはお前の承諾による、違うか?」
 「そ、それは!」
 「引っ立てろ。」
 「ひっ! お、お許しを!! どうか!」

 皇帝陛下は冷たい眼差しで侍女をちらりと見た。
侍女は言葉を飲み込み、恐怖で震え上がる。
そんな侍女を近衛兵は、引っ立てていった。
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