第268話 陽の国・邂逅 その3

文字数 2,268文字

 最高司祭である草薙(くさなぎ)伝兵衛(でんべえ)と名乗り、その日は欅屋(けやきや)に一晩泊まることにした。
言うまでも無く神薙(かんなぎ)巫女(みこ)も一緒である。
神一郎(しんいちろう)と今後の対策を行うにはこの宿の方が都合が良いことと、じっくりと話し合う必要を感じたからだ。

 だが・・
裕紀(ゆうき)と神薙の巫女はソワソワとして落ち着かない。
互いに()かれ合った者同士が、今、顔を合わせ、しかも一晩過ごすのだ。
過ごすといっても両方の養父が一緒なのではあるが・・。

 互いに顔を真っ赤にしては、一言会話を交わすと(うつむ)く様子を神一郎は見て、ため息を何度も()く。
最高司祭はといえば、会話を二人が交わすたびに裕紀を(にら)む。
娘親(むすめおや)と、息子親の複雑な人間関係が、今、此処(ここ)に展開されているのである。

 神一郎は意を決して、最高司祭に提言をした。

 「最高司祭様、あの二人が(そば)に居ては気が散って仕方がない。」
 「うむ・・、確かにな。」
 「あの二人をこの部屋から追い出さないか?」
 「な、何を言うのだ宮司(ぐうじ)様! 娘が危ないではないか!」

 「おい裕紀! 最高司祭様がお前は危険な男と認定しているぞ?」
 「え?!」

 「養父様!! なんという事をおっしゃるのですか!
危険を(おか)してまで会いに来て下さった裕紀様に向かって!」

 「バカ者! 危険を冒してまでお前に会うほどの男の子(おのこ)ぞ!
危険(きわま)りないわ!」

 「私に会うために危険を冒してまで来て下さる殿方(とのがた)ですよ!
危険などありませぬ。
私が女子(おなご)でなく男の子なら、私がそうしております!」

 「な! お、お前・・・。」

 「ははははははははは! 娘御(むすめご)の勝ちだな、これは。
愉快(ゆかい)、愉快、ははははははは!」

 「宮司様! 貴殿(きでん)も娘をもってみよ!
笑ってなど居られなくなるぞ!」

 「はははははは、生憎(あいにく)、儂には息子しか居らんから分からんし、分かりたくも無い。
そもそも娘御に好きな男を近づけさせないとなると・・。」

 「?」

 「最高司祭殿は、神薙の巫女に婿殿(むこどの)は取らせんという事かのう?」
 「な、何をバカな! そんな事、許される筈もなかろうが!
仮にも姫御子(ひめみこ)ともなれば、そのような事は国が許さんわ!」

 「であろう?
ならば婿にはできない男の子と束の間の逢瀬(おうせ)ぐらい大目に見てやれんのか?」

 「ううぐ!・・・。」

 「そうであろう?
ならばよいな?
裕紀、最高司祭様からお許しが出た。
神薙の巫女様と(しば)しの間、外を散歩して参れ。」

 「え? いいのですか?
あ、あの・・、最高司祭様?」

 「・・・・。」
 「・・?」

 裕紀の問いかけに、最高司祭は不機嫌さを隠しもせず無言であった。

 やがて最高司祭は裕紀を(にら)みながらも、右手を振る。
とっとと行ってこいということである。

 裕紀と神薙の巫女は互いに顔を見合わせた。
そして互いに微笑み(ほほえみ)あうと、いそいそと部屋を出て行く。
その後ろ姿を(うら)めしそうに最高司祭は見送ったのである。

 その日、最高司祭と宮司である神一郎は、結局、日が暮れても結論が出ず深夜まで話しあうこととなった。

---

 欅屋の外に出た神薙の巫女と裕紀は大通りを歩いていく。
若い男女が二人だけで歩いていても特に問題はないのであるが、並んで歩くのは風紀を乱すとされていた。
肩を並べて隣を歩くのは婚約者、ないし既婚者同士だけである。

 そのため神薙の巫女は裕紀の半歩後ろをついて歩く。

 裕紀は神薙の巫女と、神薙の巫女の国で一緒にいることが夢のようであった。
神薙の巫女はといえば、こうして二人だけで通りを歩くことだけでも幸せであった。

 裕紀は歩きながら、突然に声を上げた。

 「あ!」
 「え?! あ、あのどうされました?」

 裕紀は声を上げると同時に立ち止まると、後ろを振り返り神薙の巫女を見た。
だが自分が唐突に声を上げ、立ち止まってしまった事に気がつき慌てる。
周りをキョロキョロと見回し、自分達が目立ってしまっていないか確認を始めたのである。

 幸い(さいわい)にも周りの人達は怪訝(けげん)な顔をするが、二人に興味を示さず通り過ぎて行く。
裕紀はホッと胸をなでおろし、小声で神薙の巫女に聞く。

 「あ、あの・・、浮かれていて失念しておりました。」
 「?」

 「あなた様をなんとお呼びすればいいのでしょう?
神薙の巫女様と呼ぶわけにはいかないかと。」
 「へ?」

 神薙の巫女はキョトンとした。
そして袖を口元にもってきて、クスクスと笑い始めたのである。

 「え? あ、あの・・へ? なにか変なことを言いましたか?」
 「ふふふふふ、いえ、そうではなく。」
 「?」
 「うふふふふ、私も浮かれておりました。」
 「?」
 
 「そうですよね、互いにどう呼ぶか宿を出る前に聞いておくべきですよね。」
 「ええ、そうなのです。すみませぬ。」
 「何故、裕紀様が謝るのですか?」
 「何故って・・、あれ、そうですね、何故でしょう?」
 「ふふふふふ、可笑しい。」
 「確かに可笑しいですね。あははははは」

 そう言って二人は笑い始めた。
その時である

 「おい、あんたら往来のど真ん中で立ち止まってんじゃないわよ!」

 突然、裕紀達に恰幅のよいオバサンが怒鳴りつけてきた。

 「通行人の邪魔だろう!
いちゃつくなら、道路の端に寄ってやんな!
まったく、最近の若い者は!」

 「あ、すみません!」
 「すみません。」

 裕紀と神薙の巫女はあわてて道路の端に寄る。
その様子を見て、オバサンは”まったく困ったアベックだ”という顔をし通り過ぎていった。

 道路の端で裕紀と神薙の巫女は顔を見合わせると、どちらからともなく吹き出した。
二人は可笑しくて笑い続ける。
幸せいっぱいの二人であった。
二人は、何気ないことでも新鮮に見え、何をしても楽しい。
今、この時を大切に過ごす二人である。
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