第225話 裕紀・密入国をする・・ その7

文字数 1,968文字

 口を(すぼ)めた者が、鋭く短く息を吐く。
それと同時に亀三(かめぞう)(うめ)いた。

 「うぐっ!」
 
 「ふふふふふふふ、油断したな?」
 「っ! (ふく)み針とは! 武家にあるまじき行為ではないか!」

 含み針とは、裁縫の針よりも一回り小さな針を口に含み、吹き矢のように針を吐き出す技である。

 針には毒が塗られている。
この針を薄い特殊な油紙に包み、舌の下に入れておく。
針を口から吐き出すと、油紙から針が抜け相手に刺さる。
これは主に暗器としてつかわれる。
つまり暗殺道具である。

 この術者は幼き頃より針に塗る毒に対し耐性を得るため、少量ずつ食事にまぜ摂取する。
それでも強力な毒の場合は、術者でも命の危険がある。
だから油紙に針を包んでから、口に含む。

 このような技は、間者のような者以外に使う者はまずいない。
武家が使うなどあり得ないのだ。
武家ならば刀、槍、弓など武家らしい武器で戦う。
含み針など姑息な武器など使えば笑いものになるからである。

 そのため、さすがの亀三でも含み針などとは想定外であったのだ。

 針は亀三の利き腕である右手に刺さった。
利き腕が使えなくなり、意識を失うまでそう時間は無い。

 亀三は毒がまわる前に勝負に出た。

 再び刀が交わる金属音が林に何度か響く。
だが、激しく打ち合ったため毒のまわりが早くなり、亀三は直ぐに刀を落とした。

 「もはやこれまでか・・・。」

 亀三は落とした刀を拾おうにも、右手が(しび)れて()かなくなっていた。
それに徐々に体が重くなってきてもいる。
絶対絶命だ。

 「どうだ? 助左(すけざ)の居場所を吐くなら命だけは助けてやるぞ?」

 黒装束の男は亀三に再びそう呟く。

 「やさしい事だな。
だが、助ける気はないであろう?」

 「ふふふふふふ、よく分かっておるわ。
やれ!」

 黒装束が一斉に亀三に斬りかかろうとしたとき、異変が起きた。
突如、まばゆい光に包まれた。
それと同時に・・

 ドン!!

 轟音が耳をつんざく。
刀を持った黒装束めがけて雷が落ちたのだ。

 黒装束の者達は、雷の衝撃で一斉に吹き飛ぶ。
亀三も黒装束に落ちた雷の衝撃に巻き込まれ吹き飛んだ。
吹き飛ばされる中、亀三は意識を手放した。

---

 どのくらい経ったのであろうか・・。
亀三はゆっくりと意識を取り戻した。
それにともない(まぶた)もゆっくりと開く。
だが、焦点がぼやけてまともに見えない。
それに頭痛がした。

 「うううう、一体何がおきたのだ・・・。」

 そう亀三は呟いて、自分が仰向け(あおむけ)になっている事に気がつく。
起き上がる気力がわかず、その状態で自分がおかれている状況を把握しようとした。
だが朦朧として思い出せない。

 そのままの状態でいると、やがて意識がはっきりしてきた。

 「そうか、儂は含み針を・・・。
だが待て・・。
儂は生きておる。」

 そう考えてある結論に達した。
自分が受けた毒は強力なしびれ薬であったのだと。
命を奪う毒ではなく、相手を捕らえることを想定し毒を選択をしたのであろう。
おそらく神一郎を生け捕りにするつもりで用意した毒だ。

 やがて焦点も徐々にあってきて周りが見え始める。
すると目の前に人の顔があった。
裕紀(ゆうき)が心配そうに亀三の顔を覗き込んでいたのだ。

 亀三はハッとした。
どうやら裕紀の膝枕で寝ていたようだ。
慌てて上半身を起き上がらせ、裕紀と向かい合う。

 「こ、これは裕紀様、済みませぬ。」
 「いや、気にしなくていいから・・。」

 亀三は裕紀に(たず)ねた。

「そうだ! 裕紀様、黒装束の男達は!」

 その言葉に裕紀は肩をすぼめた。
亀三はその意味が分からず首をかしげた。
しばらく裕紀が答えるのを待ったが何も言わない。

 亀三はあきらめ、まわりを見回した。
すると地面になにやら(くすぶ)っている物を見つけた。
それは黒装束の者達であった。

 「え?・・、裕紀様、これは!・・・。」

 裕紀は亀三から視線を外し、口ごもる。

 「裕紀様?」

 裕紀はどう亀三に説明しようか考える。
すべて素直に話すべきか、ごまかすべきか。

 裕紀は養父から、裕紀の特異な能力を他言してはならないと厳命されていた。
それは雷を操作する術である。

 このような能力があると知れたら、国や他国から狙われ兵器として徴用され使われる可能性があるからだ。
だが・・。
亀三の危機に、思わず使ってしまった。
能力を使用した事に裕紀は後悔はしていない。
亀三が助かったのならそれでよいと思った。

 当の亀三は燻っている黒装束らの現状が理解できず、じっと裕紀の説明を待っていた。

 裕紀はため息を吐き、亀三に話し始めた。

 「亀三、このことは秘密にして欲しい。」
 「え?・・・、はい、分かりました。」

 「私は雷と風雨を自在に操ることができる。」
 「え?・・・。」

 亀三は目を見開き、改めて倒れ込んだ黒装束を見回す。
黒装束の者達からは、いまだに燻った煙が上がっていた。
この様子から確かに落雷したと認めざるを得なかった。
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