第143話 緋の国の皇帝と宰相

文字数 2,766文字

 皇帝の招集による地龍対策の会議が開かれる前日のことだ。
宰相(さいしょう)が皇帝にお目通りを申し出てきた。

 皇帝はその申し出に眉を(ひそ)めた。
会議前に敢えて面会を求める真意が推察できない。
皇帝はすこし考えた後、宰相に許可を出した。

 宰相は皇帝の部屋に入ると膝を折り両手を胸にあて最上位の礼をする。

 「よい、礼などいらぬ。」
 「恐れ入ります。」

 皇帝はジロリと宰相を見て、無表情で聞く。

 「で、なんだ?
回りくどい建前など要らん。
余の時間を取らせるのだ、それなりの用件であろうな?」

 宰相はユックリと面をあげて、その言葉に微笑む。

 「はい、閣下。」
 「・・・。」
 「閣下は明日の地龍の会議で龍をどうされるお積もりですか?」
 「お前に儂の真意を話せとでも?」
 「いえ、そのような怖れ多いことは申しません。」
 「・・・。」
 「陛下、地龍を思いのままに操り他国を手に入れませぬか?」

 この言葉に皇帝の片眉がほんの(わず)か上がる。
その些細(ささい)な表情をみて宰相は内心でほくそ笑む。

 「そのような事ができるのか?」
 「はい。」
 「ほう・・、ならば其方が儂に変わり皇帝になるか?」
 「滅相もございません。」

 皇帝は目を眇め宰相を見やる。
宰相は背中にいやな冷や汗をかきながら皇帝の言葉をまった。
やがて皇帝は徐に口を開く。

 「よかろう、其方に地龍をまかせよう。
明日の会議では余は口を挟まん。
好きなようにせよ。」

 「ははっ、ありがとうございます。」

 こうして会議前にすでに地龍に対する決定が下されていた。

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 ()の国の皇帝は野心家である。
自分の願望のためならば何もためらわない。
皇帝の位につくために、前皇帝も兄弟も姉妹もすべて始末をした。
それも狡猾に、かつ臣下に不平も不満も言わせないように。
そして宰相はそれに手を貸していた。

 だが、そんな宰相といえども皇帝に対し安心できない。
自分が役に立たないとなれば、簡単に切り捨てられるからだ。
そのため、宰相は自分の部下に優秀な者を破格の待遇で迎え万事に備えていた。

 そんな部下の一人に、陰の国の前身である旧国家の末裔だという者がいた。
大変優秀で機転の()く者だ。
そして何よりずる賢く、宰相と馬があった。

 この者が宰相に進言をしてきたのだ。
それは数日前のことだ。
宰相にその者が面会を求めてきたので、宰相は部屋に入る許可を与えた。
この時、部屋に居たは宰相だけであった。
おそらくこのタイミングを見計らってやってきたのであろう。

 「宰相様、地龍が国境に居座ったとか。」
 「・・・お前、その情報をどこで仕入れた?」
 「さて、どこでしたか、そのような些細(ささい)な事を知りたいですか?」
 「・・・まあ、よかろう・・、で、何じゃ?」

 「宰相様は地龍を如何(いかが)致しますか?」
 「・・・それを聞いてどうする?」
 「場合によりお力になれるかと。」
 「どういう意味だ?」

 「宰相様はもし地龍が意のままに操れるとしたらどうしますか?」
 「?!」
 「お望みならお力になれるかと・・。」
 「何だと! そのような事ができるというのか!」
 「しっ! 声が大きすぎます。」
 「・・・む。」

 「宰相様、私の出自をご存じで御座いましょう?」
 「確か(いにしえ)よりの神官の家系だったか?」
 「はい。それでお分かりになられるかと。」

 その言葉を聞いて、宰相はおし黙った。
そして時間をおいて、部下に疑問をなげかけた。

 「龍を操れば天下が取れる。なぜ儂に話す?」

 宰相の目が(あや)しく光った。

 「宰相様、何を疑っておるのですか?
貴方様あっての私です。
今の生活に私は充分満足しております。
それに私は人の上に立つ(うつわ)ではありません。
ですので宰相様が今のままのでも、皇帝になられても付いていきます。」

 「馬鹿者! 皇帝になるなどと怖れ多い!」
 「申し訳ございませぬ!」

 部下は、あわてて深く頭を下げ詫びた。
だが、この部下は皇帝になるという言葉に宰相の口角が僅かに上がったのを見逃さなかった。
そして宰相はというと、「皇帝になられても」という言葉に不快な顔をしていない。
さらに自分に深々と頭を下げ畏怖する部下に満足していた。

 宰相は面を上げるように部下に指示し語りかけた。

 「お前の忠義はわかった。」
 「ありがとう御座います。」
 「儂も皇帝に忠義を払い龍を操ろうと思う。」
 「御意。」

 「で、どうすればよい?」
 「それではまず龍が現れたという山に、龍の存在を確認する調査団を派遣してください。」
 「うむ、それは言われるまでもなくせねばならぬ事だが・・。」
 「おそらく、ですが・・、龍は山にはいませぬ。」
 「なんだと!」
 「はい、確認は念のためです。」

 「なぜお前は龍がいないと分かる?」
 「それは、私に受け継がれた血が教えてくれております。」
 「そうか・・、では龍はどこに行った?」
 「近いうちに私の元に現れるでしょう。」

 「何じゃと! この国が襲われるというのか!」
 「いえ、あの龍はこの国に害をなしません。」
 「なぜ断言できる。」
 「もし、害をなすならとっくにやっています。
なのに山を破壊をするだけで、それ以降何もしていないでしょ?」
 「・・・・。」

 「では、なぜお前のところに来る?」
 「私の祖先は龍の血を継いでおります。」
 「なんだと!」

 部下は意味深な笑みを浮かべた。

 「龍は自分が神聖なものだと思っております。
そんな神聖な血を人が継いでいたとしたどう思うでしょうか?
ええ、宰相様が考えた通りです。
私の排除です。
そのため私の所に来るでしょう。
ですが龍の姿のままだと力が強すぎます。
そのため人の姿に変わり私の前に来ることでしょう。」

 それを聞いて宰相の顔は青くなる。
 
「・・・儂にお前を助けろと?
儂には龍を倒す力なぞない。」

 そういって宰相は話しを打ち切ろうとした。
それに間髪いれず部下は畳み込む。

 「龍は人の姿になれば、この国の最強の武将程度の力に落ちます。
罠をはって待ち受ければ、捕まえるのは簡単です。」

 「そ、そうなのか? うむ、ならば手を貸そう。」
 「では、私の警護と、私の周りに罠をはって下さい。」
 「よかろう。」
 
 「これで私も安心して暮らせます。」
 「ところで、どうやって龍を操るのだ?」
 「それは先祖伝来の方法なので方法についてはご容赦を。
もし、私が龍を操る事に不安なようでしたら宰相様の暗殺者を付けて下さい。
私は武に長けておりませぬ。
簡単に私を殺めることなど簡単です。」

 「うむ、よかろう。それを条件にお前を保護してやろう。」
 「ありがとう存じます。」

 そういってその者は深々とお辞儀をした。
だが、俯いたその顔は笑っていた。
宰相はそれに気がつく事はなかった。

 面会をおえて宰相は部屋に一人になると深々と椅子に腰掛ける。
そして天井を仰ぎほくそ笑んだ。
そして呟く

 「皇帝になるのも悪くない・・。」
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