第144話 来訪者・神薙の巫女

文字数 2,137文字

 陽の国の地方の教会に、巡礼者が訪れた。
人が滅多に訪れる事がない山奥の辺鄙(へんぴ)な場所にある教会である。
それも雪がちらつく寒い午後の事であった。

 教会の礼拝所で、この見知らぬ巡礼者に神父は声をかけられた。
底冷えのする礼拝所での立ち話もと考え、神父は執務室へと(まね)きいれた。
それというのも小さい教会で、応接室などなく執務室で対応するしかないためだ。

 神父はハーブティを入れ持てなす。

 「よくぞお越し下された。
寒かったでございましょう。
これで体をあたためて下さい。」
 「ありがとう御座います。」

 そう言って巡礼者は一口、口に含み飲み込む。
温かい飲み物が、喉を通り体に入っていく。
冷え切った体が(うれ)しさに震える。

 「ところで、お話とは?」
 「ここで修行をしたいのですが。」
 「此処(ここ)で、ですか?・・。」
 「はい。」

 「修行ならば、ここより良い場所があると思いますが。」
 「いえ、()()が良いのです。」
 「?」
 「これは紹介状です。」

 神父は紹介状を受け取り内容を確認した。

 「たしかに教会が発行した紹介状ですね。
紹介状がある限り、受け入れはいたします。」
 「・・・。」
 「ですが・・。何故この教会でなければならないのですか?」
 「ここに姫御子(ひめみこ)様だった方が居られるからです。」

 その言葉に神父の顔が険しくなる。

 「なぜそれを?」

 巡礼者は無言で(ふところ)から書状を出し神父に渡した。
神父は躊躇(ちゅうちょ)した(のち)に書状を受け取る。
そしてその場で開き読み始めた。

 読み始めて直ぐ、神父は驚きのあまり目を見開き叫んだ。

 「これは!・・、最高司祭様からか!」
 「しっ! 声が高い!」
 「うっ!・・・。」

 神父は慌てて声を飲み込む。
そして巡礼者の顔をマジマジと見つめた。

 巡礼者は目で書状を読むように神父に合図する。
神父は再び書状を読み始めた。
最後まで読み、静かに書状をたたんだ。
そして、あろうことか書状を暖炉まで持って行って暖炉に放り込んだ。

 巡礼者はそれを見ても驚かない。
そうするのが当然とでもいうかのようであった。

 書状が燃え尽きるのを確認し、神父は巡礼者に声をかける。

 「貴方(あなた)様をなんとお呼びすれば?」
 「そうですね~、助左(すけざ)とでも。」
 「助左?」
 「はい。」
 「では助左さん・」
 「いえ、呼び捨てで結構です。」

 「では助左、神薙(かんなぎ)の巫女と一緒に神事を行うということでよろしいですかな?」
 「結構です。」
 「では、よろしく助左。」
 「はい、神父様。」

 そういって助左と名乗った中年の男は柔和な笑顔を向けた。
神父は部屋の外に出て神薙(かんなぎ)巫女(みこ)を呼ぶよう他の者に言いつける。
それから30分もした頃であろうか、部屋の扉がノックされた。

 「神薙の巫女でございます。」
 「入りなさい。」
 「はい。」

 ドアを開けて神薙の巫女は部屋に入ると、静かにドアを閉めた。
神薙の巫女は、そこで来客者に気がついた。
そして怪訝な顔をする。

 神薙の巫女は挨拶も忘れ、困惑した様子で来客者に声をかける。

 「あの・・、どこかでお会いした事が・・。」
 「さすが姫巫女様ですね、記憶力が良い。」
 「え? あの・・、私は姫巫女ではなくなったのですが?」

 そう言って神薙の巫女は姫巫女という呼びかけを否定した。
そうしながら、来客者が誰か思い出そうとして眉間に皺を寄せる。
そして、思い出した。

 「陰の国の宮司(ぐうじ)様ではないですか!」

 「神薙の巫女様、すこし声を落としてください。
どこで誰が聞いているか分かりません。
すくなくともこの部屋の周りに、怪しい者の気配はないようですが・・。」
 「・・・。」

 「一応、私自身、この教会に入る前に周りを調べても見ました。
その時点では怪しい者は居ませんでした。
ですが、それはその時にたまたま怪しい者がいなかっただけなのかもしれません。
どこに誰が忍んで聞いているか分かりません。
またこの教会に巫女として忍んでいる者がいるかもしれないのです。
注意が必要です。」

 その言葉に神薙の巫女はハッとしたようだ。
慌てて周りを見回す。
その様子を宮司は見ていた。
だが、神薙の巫女の様子に違和感を覚えた。
間者(かんじゃ)(スパイ)の有無以外に、何か取り乱しているように見えた。
神薙の巫女は、抑えた声で早口に宮司へ問いかける。

 「ここに貴方様が来たということは!」
 「?」
 「地龍が・・、地龍が解放されたのですね!」

 神薙の巫女の取り乱した様子に、宮司である祐紀の養父はまさかという顔になる。
そして神薙の巫女に宮司は問いただす。

 「御神託があったのですね?」
 「え?・・・、あ、はい・・。
陰の国で地龍が目覚めるとの御神託が。
申し訳ありませぬ・・。」

 「何故、貴方様が謝るのですか?」
 「祐紀様とお約束したのです・・。地龍の対策を手伝うと。
なのに私は幽閉されてしまい・・、その・・・。」

 「それは貴方様の責任ではないでしょう・・。
そうですか・・地龍が出てしまうという御神託が・・。」
 「はい・・・。」

 宮司は腰掛けていた椅子にもたれ掛かり、深いため息を吐く。
御神託は絶対である。
ならば遠く離れた陰の国で地龍が解き放されるのだろう。
祐紀もおそらくは御神託が下り、何らかの対策を・・。
そう思おうとした。
だが・・。
祐紀一人では無理だな。
そう思い、祐紀の焦燥に駆られた顔を思い描いた。
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