第32話 陽の国・神殿にて 3

文字数 2,310文字

 神官は姫御子の反応を見ながら噂についてさらに話す。
その話す姿は、まるでカエルを見据えている蛇のように見えた。

 「その噂は、噂とは思えない内容ですよ。」

 そう言って神官は噂話とは思えない理由を説明した。
要約すると以下となる。

 姫御子様は今まで倒れられたことなどない。
陰の国へは余裕を持って移動し、体調は良かった。
ならば姫御子様が公の場で倒れるはずがない。
なのに陰の国の、しかも各国の要人が集まる公の場で倒れた。
姫御子様が倒れたのは、陰の国の仕業(しわざ)ではないか?

 姫御子様が倒れたのは、陰の国にすれば非礼にあたる。
それも

という祝いの席でのことだ。
陰の国が陽の国に抗議をするには十分な理由だ。
陰の国が侮辱されたと抗議をするために仕組まれたのではないか?
陽の国の失態とし(おとしめる)めるために。
そしてやり方次第で、姫御子様を失脚させることができる。
姫御子様が失脚したならば、一介の巫女となる。
一介の巫女ならば、陰の国につれていくのは雑作も無い。
薬でも使い姫御子に陽の国を出ると言わせるだけでよい。
国としても、たかが一介の巫女が出て行く事を止める事はできない。

 「どうです? 噂とは思えないでしょう?」
 「そのような事、有るわけがないでしょう!」
 「あ、噂です、噂。」
 「・・・」
 「よくできた噂ですよね、姫御子様。」

 神官は立ち話で噂話しをしているように話す。
それも口の端をあげて、さも楽しそうだ。

 「誰が、そのような噂を?」
 「さて、誰がとは?」
 「貴方様なら、そのような噂を聞いたなら調べているのではないですか?」
 「さて、噂など、どこから出たかなどわかる(はず)などありませんよ?」
 「・・・」
 「この噂、広がりつつありますよ、困ったものですね。」
 「・・・」
 「姫御子様のお耳に入れるのはどうしようかと迷いましたよ、私は。」

 姫御子は神官のこの言い方に身構えた。
何が言いたい?

 「この噂、利用する者が出るかもしれませんね。」
 「・・・」
 「陰の国を良く思っていない為政者(いせいしゃ)や、神殿内の貴方様に対立する派閥にとっては良い噂ですね。
大変なことになかもしれませんけど?」
 「そう・・かもしれません。」
 「まあ噂ですから、放っておきますか、姫御子様?」
 「いえ、よからぬ噂は消さないといけないかと・・。」
 「そうですか?
噂の対処や、為政者と神殿の派閥への対策、姫御子様にできますか?」
 「私一人では無理かと思います。」

 私の言葉に神官の口の端が僅かに上がった。

 「私が力になりましょうか?」
 「え?」
 「私が姫御子様のお力になると言っているのです。」

 神官はそう言って笑顔を姫御子に向ける。

 「私ならば噂を(しず)め、神殿内の争いがないようにできますよ?」
 「・・・」
 「姫御子様が、一言、私に任せると仰って下さればいいだけです。」
 「いいえ、それには及びません。」
 「え!」

 「私にできる範囲で対処をしてみます。」
 「いや、しかし、すぐに対処する必要があるのでは?!」
 「私もそう思います。」
 「噂が広がれば広がる程、対処が難しくなりますよ!」
 「ええ、確かにその通りかと。」

 「ですから、私めが何とかして差し上げましょうと言っているのです!」
 「ですから、それには及びません。」
 「なっ!」
 「(しか)るべき部署にお願いいたすゆえ。」
 「え?!
あ、いや、お役所では動きが遅く、何かあると大変です!」

 「はて、何かとは何でしょう?」
 「ですから、姫様の失脚を私は心配しているのです。」
 「あら? 私の失脚ですか?」
 「ええ、そうです!」
 「陰の国は、私が倒れたことに抗議してきていないませんよ?」
 「そ、それはそうですが・・」
 「抗議もきていないのに、どうして私が失脚してしまうのですか?」
 「あ、いや、陰の国から非難が来ないとはいえないでしょ?」
 「いえ、来ませんよ、陰の国の祐紀様に問い合わせては如何(いかが)ですか?」
 「ぐっ!・・、しかし何か起きますよ!」

 「あら? 何が起こるんですか?」
 「うっ!・・」
 「貴方様は、その何かをご存じなのですね?」
 「・・」
 「もし、ご存じなら・」
 「あ、いえ、姫御子様を心配するあまりの言動です。
ご心配になるような事を言い申し訳ありません。」
 「そうですか?」
 「・・・はい。」

 そういって、神官は睨んできた。
不敬ではあるが、問題にしては面倒に巻き込まれそうだ。
かといって、その目つきは姫御子に対して失礼である。
そこで、やんわりと(いさ)めることにした。

 「あの、どうかしましたか? 何か言いたいことでも?」
 「ぐっ! あ、いえ、何でもありません。」
 「そうですか?
他に、何かなければ私はそろそろ戻ろうと思います。」
 「・・・」
 「噂の対処を早急にせねばなりませぬゆえ。」
 「・・・そうですね、お引き留めしてすみませんでした。」
 「では、私はこれにて失礼します。」

 そう言って姫御子は神殿を出て行った。
その後ろ姿を見送った神官は、固く握りしめた手を震わせていた。

 「くそっ! あの小娘(こむすめ)
簡単に操れると思っていたが甘かったか!
こちらが下手にでればいい気になりおって!」

 神官は青筋を立てながら悪態をさらし続ける。
それを女神像は静かに見下ろしていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み