第80話 話陽の国:渦巻く陰謀 10

文字数 2,150文字

 小泉神官が言った通り二日間は吟味が行われなかった。
そして二日後の深夜の事である。
小泉神官が訪れた。

 「姫御子様、ご返事を聞きに参りました。」
 「一つ、お聞きしたいことがあります。」
 「何でしょう?」
 「最高司祭様は、此方(こちら)に戻ったのでしょうか?」
 「ええ、昨日戻り今は取調べ中ですよ。」

 そういうと小泉神官はニヤリと笑う。

 「最高司祭様に助けを求めますか?」
 「・・・最高司祭様に会わせてくれないでしょ?」
 「ふふふふふ、よく分っておいでのようでなによりです。」
 「・・・。」

 「さて、時間はたっぷりと与えたはずです。
 罪を認めますか?」
 「・・・・。」

 「私はどちらでも良いのですよ?
 最高司祭様を道連れに罪人となるか・・。
 それとも姫御子様が一介の巫女に戻るか。
 お好きな方をお選び下さい。
 答えたくなければ、それでもいいですよ?
 もう、これ以上は待ちませんので。」

 そう言って小泉神官は楽しそうに笑った。
牢屋には二人以外に誰もいない。
姫御子の前で素の顔を現わす。

 姫御子は思う。
本当にこの人は役者だ。
人前では決して、このような顔をしない。
敵ながら、たいしたものだ。

 姫御子は一度深呼吸をする。

 小泉神官は姫御子が返事をしようとしていると分った。
おもわず笑みを浮べる。
勝った、と、確信したのだ。

 「小泉神官、私は罪を認めます。」
 「そうですか、それでこそ姫御子様です。」
 「最高司祭様は罪にはならないのですよね?」
 「ええ、それはお約束しますよ。」
 「それは吟味役の仰ったお言葉ですか?」

 その言葉を聞いて小泉神官は姫御子を睨付ける。

 「私の約束ですと信じられませんか?」
 「信じられるとでも?」
 「ふん、まぁいいでしょう。
 最高司祭様と貴方様が結託しているという証拠が出ません。
 それに陰の国との繋がりも。
 吟味役は最高司祭様の追求を諦めました。
 これで満足ですか?」

 「満足?
 満足ではなく、納得ですね。
 そもそも最高司祭様は私と結託などしておりません。
 ましてや陰の国との繋がりなど有ろうはずがない。
 それに、貴方様に濡衣を着せられるような隙のあるお方ではありませぬ。
 要は貴方様の努力は徒労に終ったという事ですね。」

 「言わせておけば!!」

 小泉神官は今にも姫御子に襲いかかりそうな雰囲気となった。
しかし二人の間には牢屋の格子が隔ててそれを阻止している。

 小泉神官は固く握った拳を振わせながら毒づく。

 「まあよい、いずれにせよ姫御子、貴方は無罪にはならない。」
 「ええ、それはそうでしょうね。
 最高司祭様に累が及ばない(るいがおよばない)ならそれでいいのです。」

 「ほう? ご自分の事は宜しいので?」
 「好きにして結構ですよ。」

 姫御子のこの言葉を聞いて、小泉神官は押黙った。
その様子を見て、姫御子は微笑む。

 「あら、私が泣いてすがりつくとでも?
 私はそんな可愛げのある娘ではありませんよ。」

 「口のへらない女だ・・。」
 「貴方様は最高司祭様と正面から敵対したのです。」
 「それがどうした・・・。」
 「いえ、ご自覚がおありのようで何よりです。」

 小泉神官は姫御子を睨み続ける。
その視線を受止めながら姫御子は微笑む。

 「吟味役様は貴方の助言は聞いても、法には頑固なお方です。
 貴方様の意見は通らない。
 私を一介の巫女にし放免するというのは、吟味役が貴方様の助言を聞いたのでは無い。
 吟味役様から聞き出したことを、自分の進言が通ったかのように話されていますけどね。
 おそらく貴方様の目的の一つは、私を姫御子から引きずり下ろすことだったのでしょう。
 そういう意味では、貴方様の目論見は成功したのでしょうね。
 でも、それだけです。」

 「ふん、小娘だと思っていたが、そこまで読むか。」
 「()め言葉として受取っておきます。」
 「まあ、せいぜい一介の巫女として頑張るんだな。」
 「そうですね、そうしたら小泉神官様を(たてまつ)りましょうか?
 あ、そうでした、私とした事が失礼しました・・。
 小泉神官様といえども、巫女は独立しておることを失念しておりました。
 あらあら、これでは貴方様の言うことを聞かなくても問題ありませんね。」

 「ちっ! 小うるさい巫女だ!」
 「おや、小泉神官様、まだ私は姫御子ですよ?
 巫女という身分にはなっておりません。
 姫御子に対する神官の言葉使いとも思えませんが?」

 「ふん、ここはお前と俺だけだ、何とでも言え!」
 「あらあら・・、さすがは神殿で中立、吟味役に(おぼ)えめでたい神官様ですこと。」

 姫御子の言葉に小泉神官は苦虫を潰したような顔をし、(きびす)を返した。
そして早足で牢屋を去って行く。
やがて明りが消され、静寂な闇が姫御子の周りを(おお)い尽す。
姫御子は、暗闇のなかでボソリと呟く。

 養父様、私は貴方を信頼しております。

 そのか細い言葉は、漆黒の闇に吸い込まれて消えていった。
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