第183話 斎木村

文字数 2,813文字

 斎木村に辿り着くと、村の入り口に役人がいた。
白眉は、己に呪文をかける。

 そして村を塞いでいる役人の下に向かった。
役人は白眉に気がつくと、あわてて駆け寄ってきた。

 「も、もしかして皇帝陛下から何かご指示でも!」

 役人は蒼白な顔をして、白眉にお伺いをたててきた。
そう、白眉は自分がこの国の中枢部にいる役人に見えるようにしたのだ。

 「この村の様子を見に来たのだ。」
 「さ、さようで御座いますか、で、でも、流行病はまだ治っておりませぬ!」

 それを聞いて白眉は押し黙った。
もしや青陵が何か呪詛でも行ったのかと考えたのだ。
しかしいくら人間が気にくわないとはいえ、呪いなどかけるとは思いたくない。
だが・・・。

 「流行病の病状を詳しく説明してくれ。」
 「え? いや、しかしそれは報告書にして・・。」
 「儂はお前から直接聞きたいのだ。」
 「わ、分かりました・・・。」

 そして役人は今まで分かっている範囲の事を白眉に伝えた。
白眉は顔を顰めた。

 その顔を見て役人は首を竦めた。
何か自分が可笑しな事を言ったのかと怖れたのだ。
白眉は流行病の症状を聞いて、それが青陵の呪詛だと確信をしただけだ。
まさか天龍である彼奴(あやつ)が、人間に呪詛まで使うとは信じたくなかったのだ。
いくら己を逆恨みしたとはいえ、そこまでやるものかと。

 だが、実際、呪いをかけてしまっている。
白眉は呪詛をとくことにした。

 だが呪詛をとくということは、今の状況において己の体力と寿命を縮めるということだ。
白眉はそれでも迷うことはなかった。

 「病状は分かった。
報告書にあった通りだ。」

 その言葉を聞いて役人はホッとしたようだ。

 「儂はその流行病を治す事ができるやもしれぬ。」
 「ほ、本当ですか!」
 「それでは通してくれ。」
 「え! あ、いや、それは、その許可書が・・・。」
 「ああ、そうであったな・・。」

 そういうと白眉は懐に手を入れたあと、手のひらを役人に見せた。
手の平には何もない。
だが、役人は手のひらをじっくりと眺めた。

 「許可書に間違いはありません。確認をしました。」
 「では通るぞ。」
 「はい、私もお伴いたします。」
 「不要だ。」
 「え?」
 「儂一人でよい。
儂は流行病にかからぬようにしてある。
お前が一緒にくると、お前は流行病にかかるぞ。」

 それを聞いて役人はホッとした顔をした。

 「そ、それでは私めはここで待っております。」
 「ああ、そうしてくれ。」

 白眉はそういうと閉鎖された入り口を開けてもらい村へと入った。

ーーーー

 村の中はシンと静まりかえっていた。
まるで人が誰もいないかのようだ。

 白眉は村の協同井戸を探した。
協同井戸を見つけると、傍にあった桶に水を汲む。
そして辺りを見渡す。
誰も傍におらず、こちらを見ている者もいない。
それを確認すると、白眉は桶に己の右手を入れた。

 身を切るような冷たい水だ。

 白眉は何やらもごもごと独り言を呟き始めた。
唱名のようであり、お経のようでもある。
祝詞のようにも思えるが、人の話す言葉ではなかった。
だが、もしこれを聞く人がいたならば、耳に心地よく感じたであろう。

 やがて桶の中の水が透明から虹色に変わり始めた。
そして最後に一際明るく光ったかと思った瞬間、透明に戻り水の量は半分に減っていた。

 白眉はガクリと膝を折って倒れ込んだ。
額には汗が滴り、ポタリポタリと顔をつたい顎から滴る。
呼吸も荒い。

 無理も無い。
青陵の結界を壊し、青陵のブレスに対抗し、そして今また呪詛をとくための細工をした水を造ったのだ。
帝釈天からもらった寿命、霊山や温泉で回復しだした体力を著しく消耗したのであった。

 汗を腕で拭い、白眉は立ち上がった。
桶を抱えその場で大声を張り上げた。

 「村人よ、出て来い!」

 その声に、やがて家の扉が開きだし何事かと村人が顔を出し始めた。

 「ここに流行病の薬がある。
湯飲み茶碗をもって来なさい。」

 その言葉に村人が目を見開き、慌てて家の中に飛び込んでいく。

 「慌てるな!
薬は全員の分がある。
我先にと来るでない!!
年寄りや子供、衰弱している者が先だ!」

 そう白眉は叫んだ。
すると壮年の男が白眉の元にきた。

 「私はこの村の庄屋です。
薬を届けて頂いたのですね・・・
あ、有り難う御座います。」

 そう言って庄屋は、涙ながらに白眉の手をとってお礼を言う。
白眉は抱いた桶を落とさないようにしながら、困った様子で庄屋を見た。

 「庄屋よ、手を離してくれ、これでは薬が溢れる。」
 「こ、これは失礼しました!」

 庄屋は慌てて手を離した。
そして・・。

 「私はお役人様方にこの村は見放されたと思っておりました。
誰一人として助からないだろうと。
それが・・それなのに、薬をもって来てくださるなどとは・・。」

 そういうと庄屋は白眉に対し、拝み始めた。
すると集まり始めた村人も同じように白眉を拝み始める。

 すると白眉がビクンとした。
だが、誰もそれに気がつかない。

 白眉には村人の感謝と神への崇拝に似た気持ちが気となって流れ込んできていた。
そう、流行病の薬をもってきてくれた白眉に対する村人の気持ちが気となって流れ込んだのだ。

 白眉はそれを受け取り、呪詛をとくために使った寿命と体力が徐々に回復しだした。
神や神獣にとって祈りは大切なものだ。
期せずして白眉は貴重な祈りを村人から貰ったのであった。

 白眉はその事を村人に悟られないようにした。
自分は神ではなく、地上界におとされた神獣だ。
本来なら受け取れない祈りを貰っている。
嬉しさと悲しさがこみ上げてくる。
だが、人以外の者と感づかれるのは避けねばならない。
己の村人への感謝の気持ちを押し殺し、白眉は村人に薬と称した呪詛の解除の水を分け与えた。

 全員が飲み終えたのを確認すると、白眉は村を出て先ほどの役人のところに戻った。
そして役人に言い含めた。

 「村人の流行病は治った。
もう大丈夫だ。
そう上に報告をしなさい。」

 「分かりました。
あの、貴方様のお名前を聞いておりませんでした。
教えていただけないでしょうか?」

 「教えることはできん。
儂は極秘裏に動いておるのだ。
上への報告は、村外から医者が来て病を治していったとでも言うが良い。
そしてその医者は名乗ることもなく行ってしまったとでもすればよい。」

 「え?」
 「よいな?」
 「は・・、はぁ、では、そのようにいたします。」

 白眉は役人をなっとくさせると村を離れた。
白眉は賛美の勾玉を村には返さなかった。
それには訳がある。

 一つには、この村に巫女がいなくなったことである。
この勾玉は神が、この村の巫女に対して与えたものだ。
その巫女の血をひいた者が、今はもうこの村にはいない。
青陵に殺されてしまったからだ。
そのため誰がもっていようと神は関与しない。
悪用されない限りは。

 そして白眉はこの勾玉の力が必要であった。
神力を悪用する霊能力者に対応するために。
そのため白眉は賛美の勾玉を村には返さなかったのだ。
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