第238話 陽の国・これから・・・ その7

文字数 2,603文字

 神一郎(しんいちろう)は、裕紀(ゆうき)神薙(かんなぎ)巫女(みこ)が置かれた状況を説明し終わると話しをかえた。

 「さて、裕紀よ、話しを元に戻すぞ。
よいか、()の国は霊能力者が欲しいのだ。
だから緋の国にとって神薙の巫女様でなくともお前でもよいのだ。
彼奴(あやつ)らは霊能力者が欲しいのだ。
まあ、欲をかけば神薙の巫女様とお前の両方が欲しいであろうがな。」

 「分かりました。
・・・そういえば前に緋の国が霊能力者を欲していると教えて頂きました。」

 「今頃思い出すとはな。」
 「すみませぬ。」

 「まあよい。
それでだ、この国ではお前を知らぬ者が多い。
知っているは教会と役人、あと国の為政者ぐらいであろう。
顔まで知っているとなると、両手で数える程度であろう。
これが何を意味するか分かるか?」

 「・・・この国で、私の拉致は容易い・・。」

 「そうだ。
拉致されてお前が騒いだとしよう。
騒ぎに気がついた者がいたとして、拉致した者が役人や商人に化けていたらどうする?
気が狂った者ですとか、盗人で逃れようとして騒いでいる言えば済まされる可能性がある。
役人が駆けつけたとしても、お前は自分が誰だか言うわけにはいかない。
ならば、お前を捕らえた者の言うことを信じるであろうよ。
また、この国でお前が拉致されたとしても捜索願いなど出す者がいない。
わざわざ密入国した者を、陰の国が届けるわけにはいかぬからな。
つまり、陰の国に知られずに拉致できるのだ。」

 「・・・なるほど。」

 「だから緋の国の間者らに目をつけられると厄介だ。」

 「あの・・。」
 「何だ?」
 「養父様はどの程度の武芸者なのでしょう?」

 この問いに神一郎は言葉を呑んだ。
亀三(かめぞう)は一瞬、目を見開き、それから笑い出した。
猪座(いのざ)は、あらら、という顔をする。

 神一郎はゴホンと咳をして、それに答えた。

 「ま、まぁ2,3人が刀で掛かってきても、お前くらいなら守れる。」
 「それはすごい! 亀三より多少は腕が劣る程度なのですね!」
 「へ?」
 「亀三は私らが此処(ここ)に来る途中、曲者を4,5人簡単にやっつけたのですよ。
すごいですよね。」

 裕紀の言葉に亀三は笑いを堪えるのがやっとであった。
肩が小刻みに震えていた。

 猪座はあきれた顔をして裕紀を見ていた。

 「そ、そうだな、亀三は強い。」
 「では、養父様ではなく、亀三に一緒に来てもらった方がよいのでは?」
 「馬鹿者!」
 「え? でも、それの方が・・。」
 「亀三は確かに強いが、儂ら一族の者ではない!
そのような者に生死をかけて同行せよというのか、お前は!」
 「あ! そうでした・・・、済まぬ亀三。」
 「くくくくく、気になさいますな。」

 亀三は笑いを(こら)えそう言うと、ソッポを向いた。
神一郎は苦虫をつぶしたような顔で、亀三を睨んだ。
睨んだまま、神一郎は話しを続ける。

 「話しを元に戻すぞ、裕紀!」
 「はい。」

 「いくら儂が強いとはいえ緋の国の間者は必死だ。」
 「?」

 「あの国の間者は命令に失敗をすると、国元に戻っても死がまっている。
かといって帰られければ一家郎党全てが死刑だ。」

 「そ、そんな・・。」

 「だから必死だ。
手強く(てごわく)手段を選ばない。
とくに儂によって神薙の巫女の拉致に一度失敗しておる。
そればかりか、この国に根付いた草(※1)を根絶やしにされておる。
緋の国では煮え湯を飲まされた思いであろうよ。
手段を選ばない事は目に見えておる。」

 「はい。」

 「それにだ、お前を拉致しかけたが生け捕りが難しい場合だが・・。
手に入らないならば殺してしまえとなる危険性もある。
お前が陰の国からいなくなれば、陰の国では御神託を受ける者がいなくなる。
さすれば災害が回避できず、国が荒廃し緋の国は侵略しやすくなる。
それを(きも)(めい)じよ。」

 「はい。」

 「次に、しつこく言うが・・。
陽の国でお前の素性がばれれば密入国の大罪人だ。
しかも神薙の巫女を連れに来たとみなされるだろう。
生きたままお前を捕らえようと必死になる。
場合により足など切り落としてでも捕らえよとなるだろう。
捕縛が叶わなければ殺せという話しにもなりかねん。」

 「はい。」

 「もし、お前が捕まった場合だが・・・。
お前は生きたまま捕まるわけにはいかぬ。
捕まりそうならば自害をするしか手はないのだ。
死んだお前を捕まえて、陰の国に抗議などできぬ。
もし、抗議すれば陰の国は陽の国がお前を拉致して殺したと言うだろう。
陽の国はそう言われてしまえば何もいえまい。
むしろやぶ蛇だ。
つまり、陽の国はお前のことは口外せず闇に葬るしかない。
さすれば戦争は回避され、お前の密入国はなかったことになるであろうよ。
だから、安心して自害せよ。」

 「はい。」

 「うむ、覚悟はできているようだのう・・。」
 「それは当然です。」

 「よい面構(つらがまえ)えだ。
そうだ、言い忘れておった。」

 「え? 何をですか?」
 「神薙の巫女からお前への言付けだ。」
 「え!」
 「お前に会いたい、と。」
 「な!!」

 裕紀はそれを聞くと、大きく目を見開いた後、俯いた。
顔は見えないが、耳が真っ赤だ。

 青春だなぁ、と、その場にいた大人達は思うのであった。
だが、猪座だけは渋い顔をした。
そして裕紀に向かい確認を取る。

 「裕紀殿、本当に神薙の巫女様をお国に連れ帰る事はないでしょうな?」

 「と、当然でしょ! そのような事は考えておりません。
私は自分の目で神薙の巫女様の安全を確かめられればよいのです。
そして・・、一度だけでもお会いできれば・・。」

 そう言って再び俯く。

 「分かり申した。 もう何もいいますまい。
貴方様を信じもうそう。」

 そう言うと猪座の顔つきが柔らかくなった。

 その後、裕紀を神薙の巫女に会わすための会議となった。
亀三がどうしても一緒に行動をするという姿勢を崩さないため、結局は3人で行動する事となった。
猪座も同行しようとしたが、お恵がいることを忘れるな、と、神一郎が釘を刺し辞退させた。
そして神一郎は、いまだに少し神薙の巫女を連れ出すのでは、という不安を取り除くためさらなる説得を行ったのであった。

 そしてこの日から3週間後、神一郎、亀三、裕紀の3人は小屋を後にした。
付け加えると、その3週間、神一郎は早めにリハビリを切り止めようと提言しては、亀三に怒られ、怒鳴られ、裕紀に呆れられながら無事に3週間行われ終了したのであった。

==========
※1 草
他国に潜り込んだ間者(スパイ)
その国で住人として溶け込んで暮らし、国になじむ。
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