第71話 陽の国:渦巻く陰謀 1 小泉神官の思い

文字数 2,061文字

 小泉神官(こいずみしんかん)姫御子(ひめみこ)に苦い思いを抱いていた。

 まだ姫御子がヨチヨチ歩きの時だ。
その頃、最高司祭の養女は霊能力者だという噂が流れた。

 これは千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスだと思った。
幼な子の今なら、手なずけるのは簡単だ。
自分の思うように利用できる。
そう考えたのだ。

 しかし最高司祭の養女となると、簡単に近づけるものではない。
へたに近づくと警戒され、最悪の場合は神殿から追放される危険性がある。
危険をおかしてまで近づくメリットがあるのか慎重に事を運ぶことにした。
まずは、霊能力者の噂が本当かどうか見極めることだ。
そして、あらゆる手段を講じて得られた情報は、噂を否定するものだった。
それがわかると最高司祭の養女への興味がなくなった。

 それが・・だ。
ある日突然、最高司祭の養女が御神託を受けたと聞いたのだ。
寝耳に水どころの騒ぎではない。
さらに、御神託を受けたことで姫御子の位に就任したのだった。
この時の衝撃は、筆舌に尽くし難い(ひつぜつにつくしがたい)

 やられたと思った。
いったい誰が、姫御子が霊能力者でないと情報操作をしたのだ?
怒りを抑え、情報操作をした者を探ってみた。
すると、情報操作をしたのは最高司祭のようだ。

 最高司祭にまんまと騙されたのだ。

 これが分かったとき、呆然とした。
そして、声を上げて笑った。
さすが最高司祭だ!
この俺の上を行くか・・。
だが、今に見ていろ、俺がお前を蹴落として最高司祭になってみせる。
そう誓った。

 ならば、まずは最高司祭を泣きっ面にさせてやろうか?
彼奴の養女は、姫御子の位についたとはいえまだ子供だ。
手なずけられるはずだ、いや手なずけて見せる。
俺が姫御子を操って、目に物見せてやる・・。
そう思ったのだ。

 だが、姫御子という位は伊達ではない。
そう簡単に姫御子に近づけないのだ。

 最もやっかいなのは、姫御子は一人だけで行動することがないのだ。
それだけではない、姫御子の周りには絶えず複数の取り巻きがいた。
誰も彼も、姫御子に取り入ろうとしていた。
その者達が互いに互いを牽制をしているのだ。
おそらくこれも、あの最高司祭の思惑であろう。
本当に腹が立つ。

 しかし、そのような時に有用な情報を入手した。
神殿で姫御子が一人きりになり、祈りをささげているというのだ。
この情報を得たとき、神を信じない俺でも神に感謝をしたい心境だった。

 そして、その情報は間違っていなかった。
姫御子が一人で神殿に入っていったのだ。
神殿にも姫御子以外は誰もいなかった。
これを確認した時は、天にも舞い上がる気分だった。

 だが・・
姫御子は自分の思い通りにはならなかった。
思ったより頭がよい。
思い通りにさせるはずが、やり込められたのだ。
侮り(あなどり)すぎていた。

 もう、生ぬるく甘言や機嫌を取って取り込むのはやめだ。
泣いて縋るようにさせてやろう。
そう思い口角を上げた。

 さて、どう料理してやろう?
その時、姫御子の容姿が脳裏を横切った。

 そういえば、あの小娘、美しくなったものだ。
あと数年もすれば、この国でも1、2位を争うほどの美女になるだろう。
姫御子から引き釣りおろし、側妻(そばめ)にしてやるのもよいか。
緋の国に姫御子を渡すのなど、その後でもよい。
そう考えた時、無意識に舌なめずりをした。

 姫御子と別れて神殿を出たものの、まだ執務には時間が早い。
しかし、神殿内にある住居区画に戻る気分でもない。
戻ったとしても、ゆっくりしている時間はないからだ。

 しかたない、執務室に向うか・・。
そう思い、執務室のある建屋に方向を定めた。
歩き始めて、今の自分の顔つきに気がつく。
今の自分は神官らしからぬ顔をしている事に。
いかん、いかん、感情を面に出すようでは・・。
そう思い、いつもの笑顔をつくる。
そう・・笑顔だ。

 小泉神官をよく知らない者がみたなら、優しい微笑みに見えるだろう。
信者ならば安らぎを与えてくれる神官の慈悲に溢れた笑顔に見えることだろう。
同じ神官の中には、この笑顔と甘言に騙され小泉を崇拝している者がいるくらいだ。
そのため、この笑顔を向ければ姫御子などどうとでもなると考えたのは無理も無い。

 神殿内の執務室に戻り、執務室に入ろうとすると側仕えが声をかけてきた。
来客があったことを伝えられる。

 「こんな朝早くから、誰だ?」
 「それが、御喜捨(きしゃ)をしたいという商人でして。」
 「知った顔か?」
 「はい、何度か尋ねて参った顔です。」
 「ふむ・・。」
 「手首に紫水晶の数珠を巻いてる方です。」
 「馬鹿者! それを早くいわんか!」

 怒鳴ると同時に、来客を迎える間に踵を返した。
怒鳴られた側仕えは、ポカンとしたあと慌てて謝罪をする。
しかし、小泉神官はそれを聞いていなかった。
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