第76話 陽の国:渦巻く陰謀 6 最高司祭の立場

文字数 2,529文字

 最高司祭は姫御子を、教会組織の情報局の長にする準備に着手していた。

 その最初の段階として今自分が処理しなければならない案件を全て処理することだ。
手始めに都から一番遠いこの教会での案件から着手を始めた。
それは教会内部の反乱分子が静かな今、自分が不在にしても問題ないと判断したからだ。
場所が場所だけに移動時間と教会滞在時間を合わせ1週間程予定し出かけてきたのだ。

 この教会での案件は情報局に関連している案件である。
情報局の存在は教会の幹部と、国の重役以外には知られていない。
そのため、情報局の案件で教会に出向くなどと言えず理由が必要だった。
たまたま、この教会で祭祀(さいし)が行われる時期であったのが幸いした。
祭祀に招かれたことを理由にし都を後にしたのだ。

 だが、理由が理由だけに祭祀に参加しないわけにはいかない。
祭祀の合間を縫いながら案件を処理をしているのが現状だ。

 そんなある日の事だった。
教会の司祭とお茶を飲んでいる午後の事だった。
情報局から知らせが届いた。

 陰の国から届いた書状と、吟味役からそれについて小泉神官に相談したという内容だ。

 最高司祭は文を読終ると、右手で米神(こめかみ)を押えた。
そして溜息を吐く。

 「バカなのか陰の国の佐伯(さえき)という男は・・。」

 その言葉を聞き、教会の司祭は尋ねる。

 「如何(いかが)致しましたか?」
 「陰の国が我が国へ書状で、姫御子の御神託を手伝うという文言を入れてきた。」
 「・・・御神託の手伝い、ですか?」

 教会の司祭は、陰の国が我が国の御神託を手伝うという文言(もんごん)に首を傾げる。
 
 「なぜ我が国の御神託について、陰の国は知っているのでしょうか?」
 「ああ、それも問題だ。」
 
 その言葉に教会の神父は口を閉じた。
御神託が知られている事より、文にその事が書かれていた事を問題視していたからだ。
この案件は自分が口を挟むような事ではないと理解したのだ。

 最高司祭は、ポツリと独り言を呟く。

 「我が国の神殿状勢に疎いのであろうな・・。」

 司祭にその声は小さすぎて聞えなかった。
沈黙が二人の間を流れる。

 最高司祭は、この書状により都で何か起きないか懸念した。
陰の国からの書状は、扱い方により危険を(はら)む。
自分か、養女である姫御子を害するものになるかもしれないのだ。
小泉神官が、陰の国の書状の内容を知ったら動かないはずがはない。

 最高司祭にとって最も注意しなければならない事がある。
それは吟味役(ぎんみやく)が小泉神官を信頼している可能性がある事だ。
この知らせを(ふみ)で読んだとき、小泉神官の監視を強化すべきだったと後悔した。

 それにしても、なぜに彼奴(あやつ)が吟味役に信頼されているのかが不明だ。
都に残っている姫御子が心配だ。
胸騒ぎがしてならない。

 できれば直ぐにでも戻りたいがそうもいかない。
祭祀を中断し戻るのは不自然だ。
へたに動けば国主にあらぬ疑いをかけられる可能性もある。
今は動けない。
そう思い奥歯を噛みしめた。

 ---
 最高司祭が陰の国の書状に(あき)れたのには理由(わけ)がある。

 陰の国の佐伯が御神託について書くのは理解できる。
しかし今は不味(まず)いのだ。

 御神託は一人の霊能力者に降り、複数の霊能力者に降りることはない。
今回の御神託が二人に降りたという前例はないのだ。
しかも、御神託の内容は基本、他者に話してはならないのだ。
話すのは御神託の内容を実行する上で必要最小限な者だけである。

 それなのに、陰の国が姫御子に御神託の事を書状に書いてきたのだ。
他国である陰の国が、である。
これを可笑(おか)しいと思うのが普通である。
それもあろうことか姫御子の御神託を助けることができると書いてあるのだ。
それは陰の国が姫御子への御神託の内容を知っているということだ。
有り得ない話しなのだ。

 書状を国主にではなく教会にまず出してくれたならよかったのだ。
そうすれば教会が国主に相談をし、教会が仲介となってうまくいっただろう。

 それなのに陰の国は書状を国主に出してしまったのだ。

 教会に問題がなければ、今回の内容でもどうとでもできた。
だが、今はまずいのだ。

 今、神殿内部が水面下で権力争いで揉めており、それが徐々に表に出始めているのだ。
神殿の力は大きい。
もし、神殿が二つに分れ争っているのが表面化したら、国の内乱になりかねない。
これを国主が把握したら介入してくるだろう。
その介入が小泉神官の思惑どおりに動いたらたいへんなことになる。

 最近、情報局から吟味役が神殿の内偵を開始した疑いがあるという報告を受けていた。
おそらく神殿の内紛に吟味役が気づき、国主に報告したのだろう。
もし、吟味役が教会内から陰の国に情報を流していると裁定をしたら大変なことになる。

 これを彼奴(あやつ)(小泉神官)が利用しないはずは無い。
そしてこれは彼奴を操っている緋の国にとっても絶好のチャンスとなる。
つまり・・・緋の国が姫御子を手に入れるまたとないタイミングとなるなのだ。

 彼奴にとっては最高司祭の地位と、緋の国への姫御子を渡す良い機会であろう。

 それにしても、と思う。
儂がいない時を狙って立回るとはな。

 いや・・、彼奴(あやつ)、陰の国の情報を握っているに違いない。
そして、陰の国からの国主に書状が届く時期も画策したのであろう。
おそらく書状を受取ってから国主に渡す日を、儂が居なくなる日にしたのだろう。
敵ながら天晴(あっぱれ)というべきであろうか・・。
忌々しいことだ。

 さてさて、困ったことになった・・。

 情報局からの内容だけでは現在の城の様子がわからん。
小泉神官は吟味役をどのように(たぶら)かし動かしているのだ?

 いずれにせよ都に戻り、姫御子と話す必要がある・・。
なんとか儂が帰るまで姫御子には上手く立回って欲しいと願うばかりだ。
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