第256話 陽の国・裕紀 その2

文字数 2,274文字

 宿に入ると養父は、宿の者から声をかけられた。

 「予約の方ですか?」
 「いや、予約はしておらん。」

 「そうで御座いますか・・。
たいへん申し訳ないのですが、本日は満杯でございます。
個室も、大部屋も。」

 「かまわん、かまわん。」
 「え!! お客様、困ります!」

 養父は宿の者の話しなど聞いていなかのように、宿の奥に入っていく。

 「お、お客様!!」

 養父は草鞋(ぞうり)を脱ぎ、上がり込むと勝手に廊下を進む。

 「お、お待ち下さい!」

 宿の者を無視して行く養父は、やがて廊下の突き当たりに来た。
そこから先には、宿から離れに向かう渡り廊下がある。
渡り廊下を渡ろうとした時、離れから初老の男性がのそりと現れた。

 恰幅(かっぷく)がよく白髪頭(しらがあたま)であるが、品が良く見たからに大店(おおだな)旦那(だんな)のように見えた。
その老人が声を上げる。

 「何事だ! 大声を上げおって、お客様の迷惑になるだろう!」
 「も、申し訳御座いません、旦那様!
で、ですが、このお方が宿が満杯だというのに勝手に上がり込んで・」

 宿の者の言葉に、老人は養父の方に目を向けた。
そして目を見開いた。

 「こ、これは!
間宮(まみや)様ではないですか!」

 「おう! 久しぶりだな与平(よへい)。」

 「お、お久しゅうございます!
何年ぶりで御座いましょうか?
あれは確か修行・」

 「あ、待て! 言うな!!」
 「へ?」

 養父は慌てて両手を前に上げ、話すなと言わんばかりにバタバタと手を振る。

 「?」
 「ゴホン!!」

 養父はわざとらしく咳払いを一つした。

 「よ、与平、今日来たのはな、今日一泊したいのだが?」

 その言葉に一瞬、与平はポカンとした。
しばらく(ほう)けたようになり、やがて養父の後ろにいる裕紀(ゆうき)に気がついた。

 「・・・・分かりました、では部屋を用意します。
用意が調(ととの)うまで、お茶でもいかがですか?」

 「ああ、そうだな、そうさせてもらおうか。」

 与平は(うなず)き、宿の者に声をかける。

 「平太(へいた)、特別室の用意を。」
 「へ?! と、特別室でございますか?」
 「そうだ。」
 「は、はい! す、直ぐに用意致します!」

 そういうと平太は慌てて来た方向に戻っていった。
与平はその様子を見て、ため息をついた。

 「なんど言っても彼奴(あいつ)は落ち着かん。
廊下は走るなといっておるのに・・。」

 与平は再びため息をついた。
そして顔を上げ養父と目を合わせる。

 「間宮様、では、こちらに・・。」

 そういうと与平は(きびす)を返し、自分が来た離れのほうに歩き出した。
養父はその後をついていく。
裕紀はポカンとしていた。

 養父がなぜ陽の国の、しかも高級宿の主を知っているのであろうか?

 訳が分からず立ち尽くしていた。
そんな裕紀に養父が気がつき、声をかける。

 「何をしている裕紀、行くぞ。」
 「は、はぃ!」

 裕紀は今考えてもわからない事を考えるのはやめた。
後で養父を問いただせばよいだけだ、と。

--

 案内されたのは離れの奥にある瀟洒(しょうしゃ)であるが、こぢんまりとした別棟であった。
茶室である。

 そのため一度庭に降り、飛び石に従い歩き、狭い戸口を潜り部屋に入った。

 与平は4畳半の狭い室内で、養父に平伏した。

 「よくお越し下さいました。」
 「与平、堅苦しい挨拶はやめようではないか。」

 その言葉に与平は体を起こし、ニッコリとわらった。

 「では、昔のように。」
 「そうしてくれ。」
 「ところで、そちらはご子息(しそく)で?」

 「うむ、(わし)の跡取りだ。
自慢では無いが家督(かとく)を今すぐにでも譲りたいのだが・・。」

 「ば、バカな事をおっしゃいますな、養父さま!
私などまだまだ神社など継げませぬ!」

 「神社? 道場ではなく?」

 与平は裕紀の言葉を聞いて首を傾げた。

 「道場?」

 裕紀は道場という言葉に首を傾げる。
養父は右手を米神(こめかみ)に当て、あちゃ~・・という顔をした。

 「間宮様?」
 「養父様!?」

 「あ、まぁ、なんだ、まぁ、いいではないか。」
 「「よくありません!」」

 与平と裕紀の声が阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)でそろった。

 「はぁ・・、仕方がないか・・。」

 そう言って養父は天上を仰ぎ見た。
そしてあきらめ顔になり、二人の顔を見る。

 「まず与平、儂はな、名前は明かさぬがある神社の宮司(ぐうじ)だ。
どこの神社かは詮索(せんさく)するな。」

 「なんですと!! 私はてっきり武芸者だと・・・。」
 「いや、それも間違ってはおらぬ。」
 「・・・。」
 「世間には知られて居らぬが、古い神社には武芸を(たしな)むものがおる。
それも独自な流派でな、弟子も取らぬような流派だ。
儂はそれを継承しておるのだよ。」

 その答えに裕紀が思わず聞く。

 「養父様・・、では・・、ゆくゆく私めも?」

 「いや、お前に教える気も、武芸を継がせる気もない。
お前はお前のしたいようにすればよい。
我が流派は私の代でなくなってもよいのだよ。
戦国時代ならいざしらず、今はいらぬ流派だ。
それに戦争があったからといって、戦うのは武士や武芸者がおる。
神社の跡取りであるお前に、この時代に武芸は不要だ。
無用の長物だ。」

 「・・・。」

 裕紀は押し黙った。
それに与平がポツンと(つぶや)く。

 「もったいない・・、あれほどの武芸を継承しないなどと・・。」
 「ふん、もったいなくなどない。
武芸とは極める者の心一つで達人にも、出世の道具にもなる。
だから誰でも儂のような腕にはなれるわ。
儂は武芸をただ極めたかっただけだ。
それというのも・・。」

 「「 ? 」」

 言いかけて突然に押し黙る養父に、与平は先を聞いてはいけないような気がして口を閉じた。
だが裕紀は養父の様子が気にかかった。

 「養父様?」
 「そうだな、お前には話しておいた方がよかろうな・・。」

 そう言って養父は、裕紀を見つめた。
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