第91話 依頼を受ける前に・・説得してもらおうじゃないか その2

文字数 2,163文字

 青鬼が出て行き閻魔(えんま)大王の執務室は静かになった。
帝釈天(たいしゃくてん)は青鬼が開けたままのドアを閉めに行く。

 それを見て閻魔大王が帝釈天に声をかける。

 「奪衣婆(だつえば)が来るのだから開けておいても・・。」
 「・・閻魔大王様は母(奪衣婆)のお説教を聞きたいのですか?」
 「え?!」

 閻魔大王は(わけ)がわからずポカンとした。

 「母はだらしないのが嫌いです。
 執務室は仕事場です。
 そのドアが開けっ放しだと・・。」

 「そ、そうか・・そうであった。」

 その言葉に帝釈天は思う。
閻魔大王様は母と何百年もの付き合いだ。
それなのに、何も学ばない人だと。

 暫くしてドアの外で(おと)なう声がした。

 「閻魔大王様、ここに息子が来ているとか?」
 「あ、ああ・・入れ。」

 閻魔大王は緊張した顔で、奪衣婆を招き入れる。
これから雷を落とされる覚悟ができたのだろうか?

 奪衣婆はドアを開けて帝釈天を見ると満面の()みになる。
そしてドアを閉め、ゆっくりと帝釈天に近づく。
閻魔大王など目に入っていないようだ。

 「帝釈天、どうしたのじゃ?
 なぜ天界に戻った?
 戻ったなら母の所にくるのが先であろう?
 なのに、なんでこんなむさ苦しい場所におる?」

 「むさ苦しい? 奪衣婆よ、言いすぎでは無いか?」

 奪衣婆のあまりに言いように、閻魔大王は苦い顔をした。

 「閻魔大王様、今は息子と話しをしておる。
 そなたは五月蠅い(うるさい)、黙ってたもれ。」

 「あ・・、済まん・・・。」

 閻魔大王は口を塞いだ。
そして帝釈天に目配せをする。

 それを見て帝釈天は、いやな顔をした。
この目配せは、後は任せたという意味だろう。
奪衣婆をうまく説得してくれという。
要は帝釈天に丸投げした、という意思表示だ。

 だが、帝釈天はニヤリと笑った。
それを見て閻魔大王は真っ青になる。

 帝釈天は母に話しかけた。

 「母上、私は(いち)(姫御子)の対応中に強制的にここに呼ばれたんです。」
 「えっ!? 強制的に呼ばれた?」
 「その事で閻魔大王様が、母に話しがあるそうです。」

 「え! あ! 待て帝釈天! それでは話しが違う!」

 閻魔大王は帝釈天の爆弾発言に両手を前に出し、アワアワと振る。

 奪衣婆は、息子である帝釈天と閻魔大王を交互に見た。
そして最後に閻魔大王をじっと見つめる。

 やがて右手で米神(こめかみ)を軽く押さえ少し(うつむ)き、一つ溜息を吐いた。
そして奪衣婆は顔を上げて、閻魔大王に問いかけた。

 「閻魔大王様、どういうことですか?
 我が息子に何をさせようというのですか?」

 そういって閻魔大王に微笑んだ。

 奪衣婆は、妖艶(ようえん)な若い女性だ。
25、6歳に見える。
男なら誰でも魅了され、骨抜きにされる美しさだ。

 その奪衣婆が微笑(ほほえ)んだのだ。

 妖艶な若い女性の微笑みは(すご)みがある。
凍てつくような寒気が閻魔大王を襲う。

 「ま、待て!
 お、落ち着け、奪衣婆よ!」

 「私は落ち着いておりますよ?
 閻魔大王様、説明を。」

 「う、うむ・・。
 じ、実はな・・地獄界で反乱が起きたのだ。」

 「それは地獄界でのことですか?」
 「そ、そうじゃ・・。」

 奪衣婆はジッと閻魔大王を見つめる。
閻魔大王は、いたたまれなくなり言い訳をする。

 「た、たしかに・・確かにじゃ・・。
 地獄界のことは、帝釈天には関係のない出来事じゃ。」

 奪衣婆は、何も言わない。

 「だ、だがじゃ・・。
 反乱は始まったばかりで、今なら大事にはならん。
 (わし)が動き軍を動かしたりしたら不味いのだ。」

 「?」

 「軍を動かしたら首謀者を捕まえ裁判にかけ処刑せねばならん。
 今回、反乱を起こしたのは地獄界でも人望(じんぼう)がある奴じゃ。」

 「人望があるから何だと言うんです?」
 
 「其奴(そやつ)を捕まえ処刑したらどうなる?
 地獄界は二つに分かれ禍根(かこん)を残すことになる。
 さすればまた(あらそ)いが勃発(ぼっぱつ)し、収拾(しゅうしゅう)がつかなくなるやもしれん。
 泥沼化などになったらたまったものでない。」

 「だから帝釈天一人に、その反乱の者を説き伏せ(ときふせ)させようと?」
 「そうじゃ・・。」

 「閻魔大王様・・。」
 「な、何じゃ?」
 「閻魔大王様は反乱を何故止められなかったのですか?」
 「・・・。」

 閻魔大王は押し黙った。
口を一文字に引き結び、答える気がないようだ。

 奪衣婆は大きな溜息を吐いた。

 「閻魔大王様、何か事情があることは分かります。
 そして、それを言いたくないのも。
 それに、ご自身が動けないのも分かります。
 で、貴方様はそれでよろしいので?」

 「何がじゃ?」
 「帝釈天が解決した(あかつき)には、貴方様の責任問題が問われますよ?」
 「ふん、儂の処遇などで済めばそれでよい。」
 「!?」

 奪衣婆は閻魔大王の最後の言葉に唖然とした。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み