第145話 来訪者・神薙の巫女 2

文字数 2,422文字

 宮司が物思いから我に返り姿勢を正した。
すると神薙(かんなぎ)の巫女は俯き(うつむき)肩を震わしている。

 「神薙の巫女様?・・。」
 「・・・。」
 「もしかして地龍が放たれたのが、ご自分の責任だと感じているのですか?」
 「・・・。」

 宮司、いや・・助左は深いため息を吐く。

 「いいですか、地龍が解き放されたのは貴方様の責任ではありません。」
 「でも!・・」

 そう叫んで

は涙をためた顔を上げた。
そして助左の顔を見る。
やがてユックリと顔を左右に振り始めた。
あたかもイヤイヤをするかのように・・。
自分が許せないのであろう。

 助左は神薙の巫女を優しく見つめ諭す(さとす)

 「よいですか、よくお聞きなさい。
(せがれ)である祐紀(ゆうき)が貴方様に協力を求めたのは、あくまでも陰の国の都合です。
そして地龍対策に貴方様が行けないのは、この国、陽の国の事情です。
そして地龍が解き放たれたのは、そういう宿命だっただけです。
貴方の責任でも何でも無い。
いいですね?」

 「・・・。」

 神薙の巫女は押し黙った。
そして助左の言葉が、祐紀や陰の国の民への謝罪で潰れそうだった心を優しく包む。

 「それに貴方様は地龍の事で後悔しているより、次なる御神託に集中すべきです。
それが巫女としての勤めではないのですか?」

 その言葉に神薙の巫女は目を見開いた。

 そうだ・・・、その通りだ・・。
ぐうの音も出ない・・・。
それも地龍が解き放たれ大変な国となる宮司に(さと)されたのだ。

 なんて情けない!
思わず両手を強く握りしめる。

 助左はそんな神薙の巫女を見て、柔和な笑顔を向けた。
神薙の巫女が落ち着いたのを見計(みはか)らい、助左はあらためて此処に来た目的を話す。

 「神薙の巫女様。」
 「はい・・。」
 「私はあなたの父君から貴方様を護衛して欲しいと言われて来ました。」
 「え!?」

 驚きのあまり神薙の巫女は大声を上げた。
宮司こと助左は唇に人差し指を添えて、静かに、というジェスチャーをした。

 「し、失礼しました。でも、あまりに唐突(とうとつ)で・・。」
 「そうですか?」
 「はい。()りに選って宮司(ぐうじ)様に護衛をだなんて。」

 「神薙の巫女様、私は助左と申します。」
 「え?」
 「助左です。」

 神薙の巫女は、助左と名乗る意味を理解したようだ。

 「分かりました、でも私に護衛など必要でしょうか?
私は自国でこのように幽閉されております。
監視されていて拉致されるなど・・。」

 「失礼ですが、危機感がたりませんね。」
 「え?」
 「貴方を失脚させた理由、わかりませんか?」
 「・・・小泉神官の腹いせであり、最高司祭の地位を狙って・」
 「まあ、半分は当たっています。」
 「え?」

 「残りの半分の狙いは貴方様です。」
 「私?」
 「ええ、一つには小泉神官の愛妾(あいしょう)。」
 「なんですって!」

  思わず神薙の巫女は叫んでしまった。
 
 「声を抑えて下さい・・。」
 「・・・。」

 「小泉神官も男であり、野卑(やひ)な面があることを忘れてはいけません。」
 「でも、仮にも神官ですよ?」
 「神官でも男です。」
 「・・・。」

 「そして、もう一つは()の国が貴方(あなた)様を欲しがっているのです。」
 「え!」
 「・・・声を抑えて。」
 「す、すみません。」

 「緋の国は貴方の御神託の能力が欲しいのです。
姫巫女(ひめみこ)という官職だと都にいてさらに警護が厳重であり拉致(らち)は難しい、だから失脚させた。
緋の国が画策して貴方様は姫巫女でなくなったのです。」

 「え!?・・、し、しかし、緋の国が私を拉致などと考えますでしょうか?」
 「だから貴方様は危機感がないというのです。」
 「そんな・・。」

 「貴方の身が危ない状況だと認識できましたか?」
 「・・・はぃ・・。」
 「よろしい。」

 「でも、なぜ宮司さ・」
 「助左とお呼び下さい。」
 「え?」

 「助左です。」
 「あ、そうでした・・、助左様・。」
 「呼び捨てで、助左とお呼び下さい。」

 「わ、わかりました、助左・・?」
 「はい、それで結構です。で、何でしょうか?」
 「なぜ、貴方様・、いや、助左がここに?」
 「ですから、貴方様のお父様からの願いに応じたのです。」
 「でも、我が国の神殿にも武に通じた者もおりますのに・・。」

 姫巫女は困惑し、どう考えればこうなったのか分からなかった。
助左はその様子に、なるほど、という顔をした。
普通に考えれば、他国の自分が警護に出向くなど有り得ない。
思い至った助左はこうなった経緯を、最初からゆっくりと話し始めた。

 「ここに来る途中、最高司祭様に会ってきました。」
 「え? 養父様に会ってきたのですか?」
 「ええ、最高司祭様は貴方様を心配してややヤツレていましたよ。」

 神薙の巫女は、悲しげな表情になる。
助左はそんな神薙の巫女を優しい目で見つめながら、話しを続ける。

 「養父様からの伝言です。
信じてもうすこし待って欲しいとの事です。」

 「養父(おとう)様・・・。」

 神薙の巫女の目から涙が滲み出る。
やがて涙が止まらなくなった。
神薙の巫女は両手で顔を覆い、肩を震わせて泣き始めた。

 「よいですか、神薙の巫女様、貴方は一人ではない。
最高神官である貴方の父上、そしてここの神父、そして神殿にいる人達。
そして私の愚息。」

 愚息という言葉に、神薙の巫女の肩がピクリと動く。
顔を覆っていた手をとき、涙目で助左を見つめた。
そして

 「私・・祐紀(ゆうき)様にご迷惑は・・・。」
 「かけていませんよ、安心して下さい。」
 「ほ、ほ、本当に?」
 「はい。」
 「よ・・よか・・良かった。」

 そう言って神薙の巫女は、そこに崩れるように座り込んだ。

 「神薙の巫女様、一人で気を張りすぎです。
愚息のように脳天気では困りますけど、もうすこし肩の力を抜きなさいまし。」

 「脳天気?」
 「はい。」

 その言葉に神薙の巫女は一瞬ポカンとした。
そしてホンワカとニコリと笑う祐紀の顔が浮かんだ。
浮かぶと同時に、()き顔が()()()になる。

 いったい何時(いつ)ぶりなのだろう、笑顔なんて・・。
そう神薙の巫女は思わず考える。
助左の言葉に救われたのだ。
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