第167話 それぞれの思い・最高司祭 その3

文字数 2,029文字

 清一郎(せいいちろう)驚愕(きょうがく)する誠造(せいぞう)を無視して師範代に話す。

 「おそらくこの者、神一郎(しんいちろう)は実力を出しておりませぬ。
おそらく太助(たすけ)を相手にし倒してしまい、動揺したのでしょう。
あるいは当道場の対面を重んじたのかもしれませぬな。」

 「ふむ。 そうだとして其方(そなた)はなぜ誠造の試合を止めなんだ。」
 「誠造が自分の腕を過信し、相手の力量がわからぬようでしたので良い薬かと。」
 「なるほどな・・。 で、今回のような他流試合を其方(そなた)も今まで黙認していたのか。」

 「すみませぬ。
正式の他流試合では私共が相手に見合った者を指名します。
ですがそれですと他流試合は一部の者しかできませぬ。
できれば実際に他流試合をする機会を門弟達に与えたいと考えました。
それに私共が相手の力量を見て門弟を指名するだけでは、門弟に他流派の相手の力量を見る洞察力が身につきませぬ。
門弟が力量を見抜くよい機会かと思いました。
ですので目を(つむ)っておりました。
ただし、私が相手の様子や身なりから人柄を判断し問題ないと思った場合だけです。」

 「なるほどのう・・、お前の考えは分かった。後程、お前の処分は決めよう。」
 「はい。」

 そう言って師範代は神一郎の方を向き、ジッと見つめた。
神一郎も目をそらさずに師範代の目を見る。

 「ふむ、よい面構え(つらがまえ)と純粋な瞳をしておるのう・・。」

 そう言って師範代は腕を組んだ。

 「神一郎と言ったかな?」
 「はい。」
 「その方、武芸を()めておらぬか?」
 「え?! いえ! 決してそのような事など!」
 「なら、なぜ誠造(せいぞう)に対し手を抜いた?」
 「・・・。」

 「よいか勘違いをしてはならぬぞ。
武芸とは命のやり取りだ。
鍛錬(たんれん)のためのものではない。
遊びではないのだ。
相手が弱いからと言って手を抜くのは傲慢(ごうまん)だ。
そのような者は隙ができ命を落とす事になる。」

 「しかし私が誠造さんに勝って、この道場の面子(めんつ)(つぶ)しては・」
 「馬鹿者が!」

 神一郎は、師範代の恫喝に押し黙った。

 「この道場は、そんなくだらない面子(めんつ)など持っておらんわ!
負けたなら負けた、ただそれだけのことだ。
部外者のお前になど心配される()われなどないわ!」

 「す、すみません・・。」

 「良いか、(わし)は弱い者を叩きのめせと言っているのではない。
相手に対し自分の実力を示さぬのは武道家として失礼だといっておるのだ。
相手が弱ければ自分の全力でなく軽くあしらえばよいのだ。
相手に合わせ互角に見せたり、(わざ)と負けるなど言語道断だ!」

 「す、すみませぬ。」

 「もし、相手が秘技を隠していたら何とする!」
 「え?」
 「秘技とは確実に止めを刺すものとでも思っておるのか!」
 「え? あ、はぃ・・。」

 「秘技とは負けそうになったときの起死回生の技でもあるのだ。
実力で相手に敵わぬときに威力を発揮する技でもあるのだ。
もしそれを使われたら、今のお前など簡単に(たお)されてしまうぞ?」

 「?! すみませぬ、未熟でした。」

 「ふむ、素直でよろしい。
それにしても神宮流(しんぐうりゅう)神風(しんぷう)の使い手とはのう・・。」
 「え?」

 「何を不思議な顔をしておる?」
 「いえ、だって、今まで私の流派を言い当てた人などいませんでしたから・・。」
 「まあ、それは仕方がないであろうよ。 この流派は今は(いん)の国の一神社の者しか使っておらんからのう。」
 「・・・そこまでご存じでしたか。」

 「まあのう・・。
しかしお前は継嗣(けいし)であろう?
その神社には()の子一人だけしか子供がおらぬと聞いておるが?」

 「はい、その通りです。」
 「継嗣がこれほどの使い手で武者修行とはのう、父親もさぞ(なげ)いておろう。」
 「・・・。」
 「ふははははは、図星(ずぼし)か、さもありなん。」

 師範代は豪快に笑う。

 「で、お前はこの道場でどうしたい?」
 「できればこの道場の手練れの方にご教示願い、自分の技量を知りたいのですが・・。」

 その言葉に師範代は目を(つぶ)り考え始めた。
やがて目を開き・・・。

 「よかろう、儂が相手してやろう。」

 師範代の言葉に道場がどよめく。
そして門弟の一人が意義を(とな)えた。

 「師範代! このような者を師範代となど!
門弟の中でもそのような声をかけて頂いた者など少数しかおらんというのに!」

 その言葉に清一郎が怒鳴る。

 「黙らんか、馬鹿者!
儂に敵わんお前が何をほざいておる!
神一郎の技量は儂より上だと言って居ろうが!
師範代はお前等では、神一郎の技量に合わんと言っておるのだ!」

 「し、しかしそれでは道場のけじめが!」
 「けじめだと?!」
 「はい、長らくこの道場に通っている・」
 「馬鹿者! ここはお城の仕事場ではない!
実力主義の武芸の場だ!」
 「・・・。」

 師範代が言い合う二人に声をかけた。

 「ふむ、まあよかろう・・・。
皆の者、言いたいことは分かった。
じゃが、儂と神一郎の試合を一度見てみよ、よいな?」

 その言葉に道場がざわつく。

 「では、神一郎、試合しようか。」
 「よ、よろしいのですか?」
 「ああ、全力で来い。」
 「はい!」

 そう言って二人は向き合い一礼をした。
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