第108話 阿修羅・決闘とはな・・・

文字数 2,645文字

 帝釈天(たいしゃくてん)牛頭馬頭(ごずめず)に会いに行く少し前のことだ。

 阿修羅(あしゅら)は部下から牛頭馬頭のさらなる調査結果を受け取った。
調査結果を見て、眉間(みけん)(しわ)を寄せる。

 「これは帝釈天に知らせるべきだな・・。」

 そう言って席を立ち上がりかけ、はたと気がついた。

 「彼奴(あいつ)・・今、何処にいる?」

 阿修羅は帝釈天と連携を取る事を約束した。
だが、どのように連絡するか決めていなかったのだ。
失念していた。

 だが、それは無理も無い。
今まで業務などで連絡を取り合うならば、互いの仕事場に行けばよかったからだ。
だから気にも留めなかった。

 それが、今回はそうはいかない。
帝釈天は奪衣婆(だつえば)閻魔(えんま)大王から仕事を受け、人間界に行ったことになっている。
つまり仕事場に顔を出すことは、まずない状態だ。
むしろ顔を出すほうが可笑(おか)しい。
さらに地獄界の牛頭馬頭(ごずめず)の件を閻魔大王から内密に頼まれている状態だ。
なおさら仕事場にいるはずもなく、連絡の取り方がわからない。

 だが、帝釈天の居場所なら分かるものがいる。
それは閻魔大王だ。

 阿修羅は溜息を吐く。

 「俺、あのオジサンは苦手なんだよな・・。」

 そう言って、()げかけた尻を ドスン!と、椅子(いす)に戻した。
天井を(あお)ぎ見て、独り言を呟く。

 「帝釈天よ、苦手なオジサンを相手にするんだ・・。
 高い物を(おご)らせるからな、覚悟しとけよ!」

 そう言って重い腰を上げ、閻魔大王の(もと)に向かった。

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 閻魔大王は一心不乱に決済書に印を押していた。
するとドアがノックされる。

 「入れ! 用件は手短にな!」

 目は書類から離さず、相手を見ないでドアの向こうに怒鳴る。
ドアが静かにあけられた。
そして、誰かが入室し閻魔大王の前に来た気配がした。

 だが、入って来た者は話そうとしない。
閻魔大王の正面に(たたず)んでいるだけだった。
閻魔大王は不審に思い顔を上げた。

 すると目の前に阿修羅(あしゅら)がいるではないか・・。
閻魔大王は驚いたことを隠し、冷静な声で疑問を投げかける。

 「阿修羅か? 珍しいな、どうした?」
 「今、帝釈天はどこに居ます?」
 「・・・・。」

 閻魔大王は阿修羅を見て、目を(すが)める。
阿修羅は閻魔大王の探るような目つきを無視する。
二人共押し黙った。

 この二人はあまり(なか)が良くない。
性格が似過(にす)ぎているせいかもしれない。
かといって喧嘩(けんか)をするわけでもない。
仕事で互いの領分を(わきま)えて衝突はするがそれだけだ。
権力争いとか、足の引っ張りあい、拳での語り合いなどはしない。

 するとまたドアがノックされた。
閻魔(えんま)大王は阿修羅(あしゅら)から視線をそらし、ドアを(にら)み付けた。

 「今、(いそが)しい、後にしろ!」

 そう声をかける。
だが、それを無視するかのようにドアが開いた。
現れたのは奪衣婆(だつえば)だった。

 奪衣婆は妖艶な美女だ。
日本の仏教絵画にある奪衣婆の絵とはまったく反する容姿だ。
怒りを隠した妖艶な笑顔は怖ろしい。
その笑顔で、ドアを開けたのだ。

 「閻魔大王様、忙しいのはわかります。
 ですが、(おど)すように怒鳴(どな)るとは(いただ)けませんね。」

 「うぐっ! 奪衣婆であったか!」
 「あら、私だといけませんか?」
 「い、いや・・、そういうわけではない・・。」

 地獄の裁判官として(おそ)れられる閻魔大王である。
その閻魔大王がタジタジとなる。
(はた)からみたら滑稽(こっけい)に見えるであろう。

 阿修羅(あしゅら)は、その様子を見て笑った。

   クックック・・・

 閻魔大王に配慮して声を殺した笑いだった。
閻魔大王は、苦虫をつぶしたような顔になる。

 奪衣婆(だつえば)は、阿修羅の笑い声にハッとした。
閻魔大王の怒鳴り声に怒り、阿修羅が目に入っていなかったようだ。

 「おや、これはこれは、阿修羅ではないか?」
 「奪衣婆様、お久しぶりです。」
 「ほんに・・、でも、珍しいのう・・。
 帝釈天もいないのに、閻魔大王様と(くつろ)ぐとは。」

 この言葉に閻魔大王は抗議をする。

 「誰が阿修羅と寛いでいる!」
 「おやおや、違うのですか?」
 「違う!」
 「あら、そうでしたか、では、お茶にしましょうね。」
 「な! 待て! 奪衣婆よ・」
 「何ですか?」

 奪衣婆は笑みをさらに深める。
閻魔大王は、その笑顔を見て目を()らせ押し黙った。

 「さあ、阿修羅も立っていないで、座りなさいな。」
 「はい。」

 奪衣婆と阿修羅は応接セットの椅子に向かい腰掛けた。
腰掛けると当時に、奪衣婆は閻魔大王にも声をかける。

 「閻魔大王様も、そこでふんぞり返っていないで、こちらに。」
 「奪衣婆よ、ここは儂の部屋じゃ、取り仕切るな。」
 「おや、いけませんか?」
 「いや、そういうわけではないが・・。」
 「では、こちらに。」
 「あ、ああ・・。」

 奪衣婆は連れてきた侍女にお茶の用意をさせる。
どうも最初から閻魔大王とお茶をする予定で来たようだ。
奪衣婆は、お茶を入れ終えた侍女を部屋から出した。
気を利かせて人払いをしたようだ。
侍女が部屋から出たのを確認すると、阿修羅に問いかける。

 「で、阿修羅、どうしたのです?」

 その問いかけに閻魔大王が待ったをかける。

 「奪衣婆よ、それは(わし)が聞くことじゃ。」
 「おや、いけませんでしたか?」
 「阿修羅は儂に用事で来たのじゃぞ?」
 「そうでございますか? 
 でも、聞いているように見えませんでしたけど?」
 「ぐっ! いや、聞こうとしてだな・・。」
 「聞こうとして?」
 「いや、聞こうとだな・・して、していたのだ!」
 「ならば、ちょうど良いではありませぬか?」
 「あ・・、ああ・・。」

 完全に仕切られる閻魔大王であった。
これが夫婦なら、尻にしかれている夫との長閑(のどか)な会話に聞こえなくはないだろう。
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