第257話 陽の国・裕紀 その3

文字数 1,987文字

 養父は一度与平(よへい)に目をやった。
そして与平に言う。

 「ここで聞いたことは他言無用にしていただけるか?」
 「承知しました。」

 養父は一度深呼吸をすると、裕紀(ゆうき)を見て話し始めた。

 その内容は以下のようなものである。

 神社にある武芸の由来、そしてその武芸は養父以外にもはや使い手がいないこと。
そして若かりし頃、既に自分の周りに自分より強い者がいなかった事などを。
決して天狗になっていたわけではないようであった。

 そんな養父が見合いをして結婚をした。
見合いではあったが、互いに互いを認め合い直ぐに相思相愛となったらしい。

 結婚といっても現代とは違い、12才で結納をすると同時に婚儀となったのである。
神社の継嗣(けいし)ともなれば、跡取りをつくるのが重要であった。
そのため、幼少の頃より許嫁を決められたり、婚儀をするのは当たり前であった。
神社の跡取りとなる裕紀に、(いま)だに婚約者がいないのが異常なのである。

 そしてあるとき、養父が祭祀(さいし)のため神社を離れた。
祭祀を終え、家路についたときは日が暮れていたという。
神社に辿(たど)りつき、境内(けいだい)に入ったときに悲鳴が聞こえた。
養父は慌てて悲鳴が聞こえた方に行くと、そこには賊がいてまさに妻に刃を向けていた。
養父が叫ぶ前に、無情にも刃は下ろされた。
妻はその凶刃により倒れ、地面であえいだ。
養父は我を忘れ、行く手を(はば)む賊の仲間達を倒しながら妻に向かったのだが・・・。

 妻に切りつけた男が養父の前に立ちふさがった。
養父は妻の手当をしたいが、目の前の賊はそれを阻んだのである。
賊を押しのけて妻に駆け寄りたかったが、かなりの手練れだと気がついた。
妻に迂闊(うかつ)に近づけないため、賊と養父は交渉を始めた。

 「何が目的だ!
金なら出すから、妻の手当をさせろ!」

 「おかしな事をいう。
賊は金は奪うものだ。出してもらうものではあるまい。」

 「なら奪えばよかろう! 妻の命がかかっている、そこをどけ!」
 「はははははは、賊が押し入った家の者を(あや)める。
よくある事を偉そうに()めろとはな。
それにお前は手下を痛めてくれた。
なら言うまでもなかろう?
お前の命も無いと思え。」

 賊は刀を養父に構え直した。

 二人は対峙(たいじ)し、両者とも微動だにしない。
いや、動けなかったのだ。
どちらも互いの技量がわかり、一瞬の隙が命取りとなること(さと)ったのだ。

 だが、これは養父にとっては不利であった。
妻が血を流し倒れているのだ、早く手当をしたい(あせ)りがあった。
先に動いたのは養父であった。

 結果としては養父は重傷を負い、それと引き替えに賊は倒した。
だが・・・。
妻は賊を倒したとき、すでに息絶えていたのだ。

 養父はそれから誰とも話さず、傷をただただ()やすのだけの刻が流れた。
そして傷が癒えると、書き置きを残して姿をくらましたのである。

 自分の妻を救えなかった自分の不甲斐(ふがい)なさに打ちのめされたのだ。
そして妻との思い出のある神社にいたくなかった。

 目的も何もなく、ただただ放浪をした。
来る日も、来る日も。
やがて放浪しているうちに、自分のしている事の無意味さに気がついた。
こんな自分を妻が見たならば、なんと思うのだろうと。
山に籠もり、禅を組み、己と向き合った。

 やがて、自分に力があれば、と思うようになった。
あのとき自分が今以上に俊敏(しゅんびん)に動け、そして強かったならば・・、と。

 たらればであるが、そう思ったのだ。
客観的に強くなかったから愛する者を守れなかったのだと思うようになった。
自分を責めるのではなく、事実を事実として受け止めたのである。

 受け止めると妻を失った悲しさでいっぱいだった心がすこし(やわ)らいだ。
そして自分が強くなり妻のような悲惨な目に遭わないよう人を助けよう、そう思った。
それから各地を周り、さらに他国へも修行に出たのである。

 以上が養父が話した内容だった。。
だが、話しの中で与平には自分が陰の国の者だという事は()していた。
裕紀もそれに気がついていたが、何も言わず話しを聞いていたのである。

 養父の話しが終わった時、与平はため息をついた。

 「そうでございましたか・・。
大変な思いをされたのですね。」

 与平は目を伏せてそういうと、己の手を握った。

 裕紀も初めて聞く養父の話に何とも言えない顔をした。
幼き頃、神社の者が母親の事を聞かず、また、母が恋しいとも言わない裕紀を不思議がっていた。
それというのも、裕紀は何故か聞いてはいけないような気がしていたのだ。
だから母親の事は養父にも、誰にも聞いたことはなかったのだ。
神社の者達も、養父を差し置いて話そうとしなかった。
それが、今、義理の母の事がきけたのだ。
意外すぎる話しであったが・・・。

 なんとも言えない空気が流れた。
やがて裕紀は、はたと気がついた。

 「そういえば・・。
養父様はなぜ与平様と知り合いになったのですか?
それもこのような高級な宿の主と?」

 それを聞いて与平はニッコリと微笑んだ。
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