第236話 陽の国・これから・・・ その5

文字数 2,369文字

 神一郎(しんいちろう)亀三(かめぞう)はやがて笑いを納めた。
猪座(いのざ)はそんな二人と裕紀を見て、釈然としない顔をしながら黙ったままであった。

 神一郎は亀三に向けていた視線を裕紀に向け再び向かい合った。
裕紀は姿勢を(ただ)す。

 「裕紀よ、お前を神薙(かんなぎ)巫女(みこ)に会わせよう。
だが、覚悟はしておけ。
お前の敵は陽の国の侍だけではないのだ。」

 「と、言いますと?」

 「(わし)に怪我を負わせたのは()の国の者だ。」
 「それは・・お聞きしましたが。」
 「神薙の巫女は緋の国から狙われているのだ。」

 「でも、養父様はそれを防いだのでしょう?
神薙の巫女様の命を奪おうとした者どもから・」

 「命を奪う? いや、彼奴らの目的は拉致じゃ。
儂は拉致を防いだのじゃよ?
彼奴らは霊能力者が欲しいのだ。
殺害が目的ではない。
だから、そのような命の危険は無かった。」

 「え? それはおかしい・・。」
 「ん?」
 「私が受けた神薙の巫女様の言霊(ことだま)は、命に関わる危険を・・、あっ!」

 裕紀は思わず口を(ふさ)いだ。
言霊の件は養父が何故に陽の国に来たのかを聞くための交渉材料だ。
言うまいと思っていた事を思わず(しゃべ)ってしまったのだ。

 神一郎は、思わず喋ってしまった裕紀の話しに得心した。

 「そうか・・、お前に神薙の巫女様は言霊を飛ばしたのか。」
 「・・・はい。」

 裕紀は言霊の件についてはもう誤魔化すのはやめ、素直に頷いた。

 「そうか、そうか、お前になぁ。
うむ、うむ、そうか、そうか。
いやはや、やはり、というか、何というか・・。」

 「え? あの・・。」

 「ん?! ああ、気にするな。」
 「気にするなと言われましても、気になります・・。」
 「ふふふふふ、まぁ、よいではないか。」
 「・・・・。」

 「それで、お前は神薙の巫女様の言霊から、神薙の巫女様の命の危険を感じたのだな?」
 「・・・はい。」

 「なるほどのう・・。」
 「?・・。」
 「よいか裕紀、死と同じほどの恐怖はあるのだ。」
 「え?・・・。」

 「女子にとって死と同じほどの恐怖があるという事だ。」
 「死と同じ恐怖、ですか?・・・。」
 「そうだ。分からぬか?」
 「・・・。」

 「女子(おなご)にとっては命と同じ貞操(ていそう)が奪われかけたのだ。」
 「なんですって!!」

 裕紀は神一郎に襲いかかりそうな勢いで気色ばんだ。

 「落ち着け、裕紀!」
 「え?! あ、す、すみませぬ。」
 「神薙の巫女様は無事(ぶじ)だと言ったであろう。」
 「そ、そうでした・・。 無事、なのですよね?」
 「だからそう言っておろう?」
 「良かった・・・。」

 裕紀は全身から力が抜けて、へたり込みそうになった。

 「安心したか?」
 「はい。
 「そうか、では神薙の巫女様について、他に不安な事はあるか?」
 「いえ、有りません。有りませんが・・・。」

 「ん? 何じゃ? 歯切れが悪い言い方じゃのう?」

 「だって、養父様がこの国に来た経緯を話してくれないじゃないですか!
それって神薙の巫女様に関わることでしょ?
なら、それを聞きたいと思うのは当然でございましょう!」

 「だから、それは話す気はないといっておろうが!! この馬鹿者!」
 「ぐっ!・・・。」
 「それについては話す気はない! よいな!」
 「・・・・はい。」

 「ふむ、では、神薙の巫女様にお前が会いに行くにあたり注意をしておく。」
 「はい。」

 「お前は二つの集団から標的になる可能性がある。」
 「・・二つ、ですか? 陽の国に捕らえられる危険性意外にももう一つ有ると?」
 「そうじゃ。」
 「・・・。」

 「まずは緋の国の事をお前には話しておこう。
緋の国は神薙の巫女様の拉致をまだ(あき)めてはおらぬであろうよ。」

 「え! では神薙の巫女様はまだ危険ではないですか!」

 「慌てるでない。
儂がこの国の草(※1)は根絶やしにした。
それと同時に、草と懇意にしていたこの国の者達も捕らえられたであろうよ。
草がいないこの国で、緋の国は工作などそうはできぬ。
草がおればこそ、役人や為政者、商人に賄賂や脅迫を行い腐敗させ操れるのだからな。」

 「でも、新たにその草をこの国に侵入させ、拠点を作れるでしょう?
そすれば神薙の巫女様は危ないのでは?」

 「そう簡単にはできるものではない。
草を国に入れなじませるのに3年から5年くらいであろう。
さらに草を定着させ活動させるには、最低で10年以上かかる。
商人や武家は羽振りが良かろうが、袖の下を渡そうがそうは簡単に人を信用せん。
信用しない者の話しなど聞くわけも無く、工作などできん。
信用は一朝一夕にできるものではないのは、わかるであろう?
それも拉致などという大がかりのものは、かなり用意周到にせねばなら。
だからできるわけがなかろう。
それに今回は拉致騒動を起こしたばかりだ。
草など定着させないよう監視は厳しくなるであろうよ。
草を送り込み定着するに20年以上かかるやもしれぬ。
その間、拉致は不可能だ。」

 「そうですか、では緋の国は考えなくてよいのですね。」
 「おや、神薙の巫女様に危険がないと安心したのか?」
 「はい。」

 「そうか、そうか、では神薙の巫女様に会う意味は無くなったな。」
 「よ、養父様!」
 「危険が無くなったと分かったのだ、もう用はないであろう?」

 神一郎はニヤニヤと裕紀を見る。

 「い、いえ! 養父様!
養父様の見過ごした危険があるかもしれぬではありませぬか!
わ、私は、私の目で安全が確認できなければ納得しません!」

 「そうか、そうか、ふむ、ふむ、なるほどな~、うん、うん。」

 神一郎は、ニヤニヤしたまま軽く(うなず)く。
裕紀は両手を握りしめ、顔が真っ赤である。

 亀三がため息を吐いて、助け船を出した。

 「宮司様、先ほどの私への熱弁はなんだったのですか?」
 「え?・・、あ、えっと、あれは・・、うん、そうだな。」
 「それよりも裕紀様に危険性を教えるのでしょ?」
 「ああ! そうであった!」
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