第170話 それぞれの思い・庄助

文字数 2,679文字

 庄助(しょうすけ)は神殿の情報部でも一目置かれる人物であった。
頭が切れるばかりではなく、この国では知られた武芸者でもあった。
そして20歳という若さである。

そんな庄助が最高司祭から呼び出された。
姫巫女(ひめみこ)が降格され地方の教会に幽閉されてから暫くしてからの事である。
呼び出しは公式なものではなく、秘匿(ひとく)性を臭わせたものであった。

 最高司祭は庄助を呼び出し、こう切り出した。

 「庄助よ、お前に頼みがある。」
 「命令ではなく、頼みですか?」
 「そうだ。」
 「・・・なんで御座いましょう?」

 「()姫巫女であった神薙(かんなぎ)巫女(みこ)の元に行き、付き人となっている助左(すけざ)の補助をしてくれ。」
 「助左?」
 「ああ、(わし)の知り合いで腕が立ち、頭が切れる者だ。」
 「どのような素性の者ですか?」
 「それは話せぬ。」

 「最高司祭様・・。」
 「何だね?」
 「その者より私が神薙の巫女様の付き人をした方がよいのではございませぬか?」

 「一介の巫女にすぎぬ神薙の巫女に、お前を正式に付き人にすることはできん。
それはお前も分かっておろう?・・。
それゆえ、神薙の巫女の警護を表側、人々の目にさらされる付き人を助左に頼んだ。
お前は裏、すなわち影として助左の補助を頼んでおるのだ。」

 「一介の巫女に情報部から護衛などはできない。
極秘裏に裏から護衛をできなくはないが、期限がわからないのでは人員的な問題どうしようもない。
それに護衛の件は情報統制を行い、必要最低限の者にしか分からないようにする。
このような事など現状ではできるはずがない。
ならば腕の立つ者をやとい神薙の巫女に付き人の瞑目で付ける方法がある。
だが、腕が立つ者などそうはおらず、もし居たとすれば名が知れ渡っている武芸者となる。
敵方はそれに見合った腕の者を雇い入れることとなり、八方塞がりとなる。
神薙の巫女の付き人として腕は諦め、信頼のできる者を付けた。
何かあれば助けを大声で呼ぶなり、呼び笛をもたせ助けを呼べばよい。
それが助左だという事ですか?」
 「・・・・。」

 何も答えないのが、答えだと庄助は理解した。
庄助はさらに最高司祭に問いただす。

 「そして最高司祭様は何処からか神薙(かんなぎ)の巫女が近々狙われるという情報を(つか)んだのですね?
それも確かな情報として。
短期間なら私を(つか)わせても、情報部の業務は問題ないと踏んだのですね。」

 「そうだとして、お前は儂の依頼を受けてくれるか?」

 「確認をしたいのですが・・・。」
 「なんじゃ?」
 「私を助左なる者の下に付けて、裏方として姫巫女の護衛に協力せよということですね?」
 「そうだ。なにか不服か?」

 「裏からの警護より、神薙の巫女を狙う者など私が秘密裏に始末いたしますが?」
 「対処する相手の所在も人数も、そして腕前も不明だ。」
 「・・・ならば私が調べます。短期間で調べてみせます。」

 「もし、その間に神薙の巫女が襲われたらどうする?」
 「え?! それほど神薙の巫女に危険が迫っているのですか?」
 「そうだ。」
 「確かなのですか!」
 「確かだ。」
 「いったい、そのような情報をどこから・・・。」
 「・・・。」

 庄助の問いかけに、最高司祭は答えを返さない。
秘密にしたい情報源なのであろう。
それにしても、それほど正確で信頼のある情報を集めるとは・・。
そうとう優秀な者なのであろう。

 だが、この情報は情報部がもたらした情報ではないと庄助は思う。
庄助はこれでも情報部ではトップの者である。
情報部がそれを摑んで最高司祭に報告するならば、なんらかの形で庄助の耳にも入るはずだ。
それなのにまったくそのような情報は入ってこない。
最高司祭には情報部とは別の優秀な情報源があるということになる。
それも情報部に匹敵するような何かが・・。

 庄助はその情報源を知りたかったが、最高司祭は全く話す気はなさそうだ。
庄助は(あきら)めることにした。

 庄助は気持ちを切り替える。

 気になるのは助左という者だ。
神薙の巫女の護衛をすることに庄助は異論はない。
それが例え裏からの護衛だとしてもだ。
だが、助左という素性も分からぬものの下に付くことに抵抗がある。
人に頼らず己の腕と頭脳だけで地位を築いてきたプライドが許さないのだ。
たとえ最高司祭が信頼している者であっても、情報部でもない者の指示になど従いたくはない。

 庄助は最高司祭に進言をする。

 「私が別に助左の下に付かずとも、個別に隠密行動をして警護してもよろしいのでは?」
 「先ほども言ったであろう? 敵の数やいかほどの腕かわからんと。」
 「最高司祭様、私の腕をご存じでしょう?」
 「知っておる。」
 「ならば・」

 庄助が勢いこんで言おうとしたとき、最高司祭は右手を前に出し庄助を制した。
そして庄助を(さと)すかのよう話す。

 「庄助よ、世の中は広いのだ。」
 「?」
 「お前は世の中の一部を見て、世界とはこんな物とおもっておらぬか?」
 「そんな事は・」
 「自分が、天狗になっておるとは思わぬか?」

 「最高司祭様、他の者に私の腕前を聞いてみて下さい。」
 「聞かぬともわかる。 おそらくはこの国で一番だと言う者もおろう。」
 「でしたら・」
 「だが、それはこの国での話しだ。」
 「え?」
 「お前は、お前より強い者の技を見てみたくは無いのか?」

 最高司祭のその言葉に庄助の心が揺れた。
その庄助の動揺を最高司祭は見逃さなかった。

 「助左の下につけ。」

 最高司祭は庄助に命じた。

 「・・・わかりました。」
 「では、頼んだぞ。」
 「御意。」

 庄助はその場を辞去した。
そして最高司祭の執務室を出た庄助は、自分の部署である情報部に向かう。
歩きながら無意識に庄助は不満を(つぶや)いた。

 「俺より強い奴など、おるのだろうか・・。
何度か隣国との他流試合を道場で行ったが、引けを取った覚えなどない。
けっして自惚れてなどおらぬ。
俺が助左とかいう奴よりも劣るというように最高司祭様は言うが・・。
俺は助左などという武芸者の名も(うわさ)も聞いたことはない。
それほど強いならば、俺の耳にも入っているはずだとうのに。
それにしても最高司祭様はなぜ助左という武芸者を知っているのだろう?」

 庄助は最高司祭を尊敬し、信頼もしている。
最高司祭はそれほど情報部にとっては信頼のできる者であった。
だから釈然(しゃくぜん)としないのだ。

 「助左とは、いったい何者なのだ?
あれほど最高司祭様が信頼をするなどと・・。
まあよい、(しばら)くは助左とかいう奴の下には付こう。
たいした奴ではなければ、俺がそいつを使えばいいだけだ。」

 そう思いながらも、腕が立つ者ならば試合をしてみたいという武芸者の血が騒ぐ。
庄助は不敵な笑みをうかべた。
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