第37話 姫御子の動揺 : 緋の国に巫女はいない?

文字数 2,034文字

 養父が無言のまま時間が過ぎた。

 そしてやっと養父は目を開くと姫御子(ひめみこ)を見つめた。
姫御子が質問をするよりも早く、養父は話し始める。

 「其方(そなた)()の国について、話しておこうと思う。」
 「え?」
 「祐紀(ゆうき)殿が、こちらに来られたら緋の国が動くだろう。」
 「?」
 「理由は追々話すが、その前に緋の国について話しておく。」
 「はい。」
 「このことは他言してはならぬ。よいな?」
 「はい。」

 そういうと養父は一つ深呼吸をした。

 「まず、緋の国に霊能力者はおらん。」
 「え?」
 「あの国の先代の皇帝が、御神託(ごしんたく)(さず)かる者を根絶やし(ねだやし)にしてしまったのだ。」
 「え! そんな・・、何故にそのようなことを!」

 「先代の皇帝の時代、民は圧政に苦しんでいた。」
 「圧政に・・ですか?」
 「うむ。民はかなり困窮していたようだ。」
 「・・・」
 「そんな時は、何時の世も偽巫女(にせみこ)が現れるものだ。」
 「え?」
 「住みにくい世の中だと感じれば、神に頼みたくもなる。無理からぬ事なのだ。」
 「そう・・なのですか・・。」

 「偽巫女は、人々の願望を御神託(ごしんたく)として告げてお金を貰う。」
 「・・・。」
 「決して()められたことではないが、それにより民の中には救われる者がおるのも事実だ。」
 「・・・」
 「そして偽巫女が金になると分かると、偽巫女が彼方此方(あちこち)に現れるようになる。」
 「・・・」

 「そんな時、人々が偽巫女の話しを聞きたがる事に、皇帝の反乱分子が目を付けたのだ。」
 「?」
 「圧政に苦しんでいる民に、反乱を御神託だと言ってそそのかした。」
 「そんな・・、そんなことを・・。」
 「皇帝も馬鹿ではない、偽巫女の反乱の先導に気がついた。」
 「・・それで、どうされたのですか?」
 「反乱をそそのかす偽巫女を捕まえようとしたが、偽巫女が多すぎて特定できなかった。」
 「・・・」

 「お金を反乱分子から(もら)って呷る(あおる)巫女は少なかったらしい。」
 「え? 少なかった?」
 「しばらくすると、お金を反乱分子から貰わなくても反乱を呷る巫女が現れたらしい。」
 「え?・・。」
 「反乱を呷る御神託(ごしんたく)を言うと、喜ぶ民が多く、場合によりご祝儀をはずんだようだ。」
 「・・・。」
 「まあ、圧政に苦しんでいた民のささやかな意思なのだろう。」
 「・・・。」
 「反乱を呷る(あおる)巫女を特定できない皇帝は思いついたようだ。」
 「・・・何をですか?」
 「巫女を全員処分してしまえばいいと。」
 「そんな・・、そんな事は民が許さないでしょ?」
 「いや、皇帝は民に偽巫女である証拠を見せてから処分をしたようだ。」
 「え? では偽でない巫女は助かったと?」

 「いや、皇帝にとっては偽であろうがなかろうがどうでも良かった。」
 「そ、そんな・・。」
 「証拠がなければでっち上げた。」
 「!?」
 「皇帝は、自分の地位が危なくなったのだ。
巫女など生かしておいて、同じような事がまた起こることを懸念したのだろう。」
 「なんて罰当たりな考えを!」

 姫御子はあまりにも自分勝手な考えをした皇帝に(いきどお)った。
巫女は神に仕えるため我を捨て、真摯に神と向き会う。
そして苦行ともいえる修行を重ねる。
それもひとえに、人々を思う神の言葉を伝えるためだ。
そのような巫女をなんだと思っているのだ。
怒りで握りしめた(こぶし)が震える。

 姫御子の感情をあらわにした様子と言葉に、養父の顔が厳しくなる。
姫御子は感情的であってはならないからだ。
巫女の頂点に立つものが、感情に左右されてはならない。

 養父は、姫御子の目をしっかりと見据え、声を発した。
姫御子の揺れる感情を抑えつける重みのある声だ。

 「落ち着きなさい!」
 「あ・・・。」

 姫御子は養父の言葉に、はっとする。
我に返り、高ぶった感情を抑えようとした。
したのだが・・。
あまりの話しで感情が揺れ動き、感情を抑えきれない。

 そんな姫御子を見ながら、養父は姫御子の言葉尻を捕らえた。

 「其方は先代の皇帝に神から罰が当たるような事を口ずさんだ。」
 「え?・・、あ!」
 「知っているはずであろう、神は人間同士の争いなど興味はない。」
 「・・・はい。」
 「皇帝が何をしようが、神からみると人との争いだ。」
 「・・はい。」
 「神はそのようなことに天罰を与えん。」
 「・・分かっております。 でも・・。」
 「言いたいことはわかる。」
 「・・・。」
 「よいか、自分でも気がつかないほど、其方は感情的になっておる。」
 「・・・。」
 「自分の感情に流されるな、姫御子よ。」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み