第263話 陽の国・裕紀 その9

文字数 1,998文字

 養父は裕紀(ゆうき)の布団の側に来ると、そこで正座をした。

 裕紀は養父の様子に、何かを感じたのか姿勢を正し養父と向かい合う。
すると養父は裕紀の目をジッと見つめた後、声を抑えて話し始めた。

 「神薙(かんなぎ)巫女(みこ)様は、今、この都にはおらぬ。」
 「!?・・・」
 「だが、近日、この都に戻るそうだ。」
 「そう・・、なのですか?」

 「到着したら連絡をよこすようにお願いしてある。」
 「え?」
 「連絡が来てから、お前との面会を申し出る。」
 「・・・面会はできるのでしょうか?」
 「何とも言えんが、まったく無いということはない。」
 「そう・・なのですか?」
 「ああ、何とかなるであろうよ。」
 「・・・。」

 「だが、正式な面会などできぬぞ。」
 「わかっております・・、密入国なのですから。」
 「そうだ、だがそれ以外もあるのだ。」
 「?」
 「お前はまだ知らぬようだから、話しておく。」
 「?」

 「あの方が姫御子(ひめみこ)様から降格され神薙の巫女様になったのは、お前が原因だ。」
 「何ですって!!」
 「しっ!! 声が大きい。」

 思わず声を上げる裕紀を窘め(たしなめ)、養父は周りの様子をうかがった。
明け方近くで周りは深閑(しんかん)としている。
このような静寂のなかでの話し声は、聞くともなしに聞こえてしまう可能性がある。

 養父はそれを警戒し、隣の部屋や廊下の気配を確認をした。
裕紀もそれに気がつき、おもわず唾を飲み込む。
自分が迂闊(うかつ)に出した声を誰かが聞いていたら大変なことになる。
そして聞いた者が役人に知らせたらと思うと、一気に目が覚めた。

 養父は周りに人の気配がないことを確認し安堵したようだ。
一呼吸置いて裕紀に話しかける。

 「裕紀、再三言うが声を(ひか)えよ。」
 「はい・・。」

 養父はそう言うと、裕紀にそそのかされて姫御子様が陰の国に亡命しようとした嫌疑がかけられ神薙の巫女に降格されたことを話した。
裕紀はそれを聞いて呆れた。
一通り聞き終わった裕紀が養父に話しかける。

 「そのような事があったのですね。すみませぬ。」
 「何もお前が(あやま)る必要はない。」
 「・・・。」
 「何じゃ?」

 裕紀が何かいいたそうな顔をしている事に養父は首を傾げた。

 「養父様、神薙の巫女様にかかった嫌疑なのですが、晴らすことはできぬのですか?」
 「嫌疑を晴らす? 何をいうかと思えばそのような事か。」
 「そのような事って・・、そんな言い方は(ひど)くないですか!!」

 「しっ!! 声を控えろというのに、お前は!」
 「あっ!・・。」
 
 「本当にお前という奴は。神薙の巫女様の話になるといつものお前でなくなるな。」
 「すみませぬ。」

 裕紀が謝りながら背を丸める姿を見て、養父はため息をつく。

 「まぁ、お前が向きになるのも仕方ないか・・。
じゃが、この時間のこの静けさの中だ。
本当は時間を改めてお前に話すべきではあったのだが・・。」

 「いえ、私が養父様の帰りの遅さに疑念を抱いたばかりに・・。」

 「まぁ、そうだな、それが発端(ほったん)なのだが・・。
それはよい・・。
そうだな、お前も落ち着いてきているようだしな。
さて、どうするかのう・・。
話しを続けた方がよいか?」

 「はい。」

 「では冷静に聞きなさい。」
 「はい。」

 「神薙の巫女様の嫌疑は晴れたはずじゃ。」
 「え?」
 「だからおそらくは直ぐに神薙の巫女様から姫御子様に戻られるであろう。」
 「そうなのですか!」
 「ああ、だから心配は無用だ。」
 「よかった・・。」

 「だが、姫御子様になったあの方に会うには細心の注意が必要だ。」
 「・・・。」

 「嫌疑が晴れた直後に、もしお前が神薙の巫女様と会おうとしていたらどうなる?」
 「!」
 「そう言うことだ。」
 「・・・。」

 「会おうとしていることや、会った事が知れたら神薙の巫女様はお終いだ。
嫌疑を晴らしたというのは作り事だと糾弾されるであろうな。」

 「・・・・。」

 「どうした?」
 「ならば・・、私はあの方に会わずに帰った方がよいという事ですね。」
 「・・・そうだな、一番はそれがよい。」
 「・・・でしたら・・、そうします・・。」

 裕紀は再び肩を落とした。
養父はその様子を見て、やれやれという顔をした。

 「裕紀、忘れておらぬか?」
 「え?!」
 「御神託じゃ。」
 「あっ!」

 「それを考えると、儂はお前を姫御子に会わさぬわけにはいかぬ。」
 「・・・。」
 「おそらく儂の話しをこの国の最高司祭、神薙の巫女様の養父が聞けば会うことに同意するであろう。」
 「そう・・なのですか? ですが・・・。」

 「まあ、聞きなさい。神罰と権力者とどっちが恐ろしいと思う?」
 「それは・・。」
 「言うまでもないな、神罰だ。」
 「・・・・。」

 「それにだ、我らは神社の者ぞ。
最高司祭も、神薙の巫女様も。
ならば神に誠心誠意、尽くすのみだ。
そうであろう?」
 「・・・はい。」
 「わかれば良い。」
 「・・・。」

 押し黙り、(うつむ)いた裕紀の肩を養父は軽くポンと叩いた。
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