第194話 祐紀の養父・襲撃される 目撃者

文字数 2,651文字

 ()()()()()()の国境、人気のない山奥に二人の旅姿の侍が立っていた。

 この二人は隠密(おんみつ)である。
隠密というのは、国のため隠密に行動する武家であり間者(かんじゃ)(忍者)とは別の組織となる。
陽の国では隠密と間者とでは身分、権力、行動範囲が全く違っていた。
国により間者は隠密であり、隠密は間者である場所もある。
多少の差異はあるが、陰の国の寺社奉行・佐伯の組織と同じと考えてもよいのかもしれない。

 この二人が国境付近の見回りを行っていると不審人物を発見した。
二人は素早く竹藪(たけやぶ)などに身を隠しながら、その不審人物へ近づくため走り出した。

 「国抜け(くにぬけ)か?」
 「ここにいるのだ、普通はそれだろうが・・・変だ・・。」
 「?」

 「彼奴(あやつ)、先ほどから身を隠す場所を探しているように見えないか?」
 「・・・なるほど、確かに・・。」
 「それにあの身のこなし方は・・間者ではなかろうか・・。」
 「間者?」

 「ああ、町人でなく、武家でもなかろう、だが、手に持つものは・・。」
 「弓だな、侍でもないとすると間者となる、か。」
 「それもかなりの手練れ(てだれ)に見える。」
 「手練れなのか?」
 「身のこなしを見ろ。」
 「よく分からんな・・、そうか、手練れか・・。」

 「捕縛(ほばく)は簡単にはいかぬかもれん。」
 「お前でもか?!」
 「ああ、そうだ。」
 「やっかいな奴を見つけたものだ。
なぁ、見なかったことにしないか?」
 「バカを言うな!」
 「だめか?・・・、今日は厄日かぁ~・・。」

 二人は身を隠しながら、怪しげな間者らしき不審者に確実に近づく。
500m位まで近づき、雑木林の中に入り不審者を観察する。

 しばらくすると、その不審者は木の上に上った。

 「なぜ木の上に上る? まさか狩りをするため弓矢を持って来たのか?」
 「まさか、ここは狩り場ではないし、獲物もいるような場所ではない。」
 「確かにな・・。ならば、何故木に登る?」
 「弓をもって木の上となれば・・、待ち伏せであろうよ。」

 「誰かが密入国、または国抜けをしようとしており、それを始末・・か?」
 「それ以外、考えられるか?」
 「いや・・・、まぁ、それが妥当であろうな・・。」

 「だが、こちらからの国抜けだとすると、彼奴は我が国の者ということになるが?」
 「それはあり得まい。」
 「まぁ、そうだな、それなら何らかの指示が儂らにも来ているだろうしな・・。
しかし緊急を要する事態だったとしたら?」

 その言葉を聞いて、もう一人の侍が呆れた顔をした。

 「お前・・それでよくこの仕事をしているなぁ。」
 「?」
 「彼奴の弓を遠目とはいえ見てわからぬか?」
 「弓?」
 「そうだ。」
 「変わった弓だとは思うが・・?」
 「はぁ・・、お前、隠密だよな?」
 「そんな事はお前がよく知っているであろう?」

 ため息が一つ漏れた。

 「あの弓、おそらく緋の国の弓矢だ。
それも暗殺とかに用いる携帯用のもの。
通常は弓矢に毒を塗って使うらしい。」

 「そうなのか? よく知っているな、お前。」
 「・・・お前、何年隠密をやっている!」
 「ん?」
 「少しは他国について学んでおけ!」
 「え、そんな必要はないだろう?」
 「?」
 「そのためにお前と組んで仕事をしているのだから。」
 「え?」
 「お前が頭脳、俺は指示に従って動く、な、問題ないだろう?」

 その言葉に何度目かの溜息を吐く。

 「まぁ、いい、確かにお前に勉強しろと言った俺が悪い。」
 「分かればいいさ。」
 「・・・はぁ、悩んでもしかたない、問題はあの不審者だ。」

 「どうする?」
 「確かなのは密入国をして彼奴がここにいるということだ。」
 「正規のルートで来たのかもしれぬぞ?」
 「正規のルートできたなら、このような山奥に来ないだろう?」
 「?」

 「単独で行動する男の間者の多くは行商人に化ける。
それ以外は例外中の例外だ。
行商人など商売人は人の多いところで商いをし、商売になるところにしかいかぬ。
間者は怪しまれてはならぬからな。
このような山奥に来れば、行商もせずに何日も姿をくらましていることになる。
金儲けで行商にきたのに忽然と数日姿を消し、また忽然と現れてみろ悪目立ちだ。
間者は怪しまれたら終わりだ。」

 「なるほどな・・。まぁ間者なら我が国の間者に任せんか?」
 「見逃すのか?!」
 「ああ、だって俺らの仕事はあくまでも城主からの密命の実行であろう?
それ以外は領主の不正、農民の反乱の防止や対策・・。
まあ、まれに他国の隠密が我が国を探っていれば対応はするが。
だから他国の間者の対策は、我が国の間者に任せようではないか。」

 「・・・もし、彼奴が国内の反乱を画策しに来た者だったならば?」
 「だから我が国の間者がおると言っているのではないか。
お前は我が国の間者の仕事を奪うつもりか?
それは可哀想であろう?
我らが見逃した間者が国内で何かしようとしてもだ、我が国の間者共がなんとかする。
俸禄(ほうろく)(給金)をもらっているのだ、それ相応の仕事はしているさ。
だから彼奴を見逃しても問題はないさ。
それにしてもお前は心配症だなぁ、禿げるぞ?」

 「・・・見逃すなど無責任ではないか? 俺は相棒を間違えて選んだ気がする・・。」
 「そうか? 俺はそうは思わんぞ、安心しろ。」
 「・・・・。」

 「それよりもだ、この様子だと不審者どもの争いだ。
だったら高見の見学をしようではないか。」

 「そうだな、それで残った者を捕らえてみればよいだけだしな。」
 「やはり捕らえるのか?」
 「ああ、そうだ。」
 「はぁ・・仕方ない、そうするか・・。」

 二人の侍は方針が決まり、気ままに成り行きを見守ることにした。

 やがて旅装姿の町人風の男が、先ほどの不審者の歩いてきた道をゆっくりと歩んでくる。
そして不審者が隠れている木の少し手前で、立ち止まった。
眼下に広がる陰の国を見下ろしているように見える。

 「彼奴、木の上にいる者に気がついたのか?」
 「そうではあるまい・・、陰の国は目の前なので気が緩んだのであろう。」
 「ん? ということは彼奴は間者ではなく、単なる国抜けか?」
 「わからん・・。」
 「?」
 「立ち止まるまでは・・隙がなかった。」
 「・・・そうか?」
 「遠目なので確証は無い。だが儂の感がそう言っているのだ。」
 「まぁ、お前がいうならそうなのであろう・・。 じゃあ、彼奴も間者か?」
 「・・・いや、そうは見えん・・、ただ、武芸の心得はあるようだ。」
 「侍?」
 「・・ではない、と、思うのだが?」

 そう二人が話していた時だ、矢が町人風の男の肩に刺さった。
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