第190話 祐紀・実家の神社に帰る 2

文字数 2,276文字

 祐紀(ゆうき)は養父の置き手紙を横に置き、兵衛(ひょうえ)に向き直る。

 「兵衛、この置き手紙にあるように宮司になりませんか?」
 「嫌です!」
 「養父様の手紙をみると、養父様より兵衛が宮司に向いているような気が・。」
 「嫌です。」

 兵衛は祐紀の言葉を遮り、冗談ではないとういう顔をする。
祐紀は小さく溜息を吐き、独り言を呟いた。

 「養父様は仕事が押しつけられる叔父がいるからいいよね。
でも私が宮司になった時、誰に仕事を押しつければいいんだろう?
そうだ、兵衛が宮司になれば私は神社の後を継がなくてよくなるのか。
うん、兵衛に宮司になってもらおう。」

 兵衛が大声を上げた。

 「祐紀!!神社を儂に押しつける気か!」

 どうやら祐紀の小さな小さな独り言を兵衛は聞き取っていたようだ。
地獄耳である。

 兵衛は祐紀をジト目で見た。
思わず祐紀は目を反らす。

 兵衛は溜息を一つ吐くと、祐紀に聞いてきた。

 「宮司様の行き先をご存じではありませぬか?」
 「いえ、兵衛が知らないのに私が知るはずもありません。」
 「そうですか・・。」
 「兵衛に心当たりはないのですか?」
 「行きそうな場所が多すぎて特定できないのですよ。」
 「え?!」

 この二人の会話を事務机に座り背を向け聞いている神主がいた。
その者は密かに溜息を吐く。

 「まったくあの方は・・・。」

 そう心の中で呟く。
この者は養父である神一郎(しんいちろう)が、若かりし頃に武者修行で知り合った者だ。
名前を亀蔵という。
そして養父についてきて、この神社に居着いてしまった。
仕事もそつなくこなし、養父の相談相手でもある。

 亀蔵は養父である神一郎が姿を眩ます前に、行き先を告げられていた。
神一郎について亀蔵は陽の国に行こうとしたが、養父から祐紀のことを頼まれたのだ。
祐紀が神社に戻ったときの護衛依頼だ。

 以前に青木村の庄屋から祐紀は狙われたことがある。
そのとき亀蔵は青木村から来た禰宜見習いのふりをした者を村人でないと看破した事がある。
優秀な武芸者でもあり、人を見る目も確かなのだ。
祐紀の養父は、緋の国(青木村の庄屋の祖国)が再び祐紀を狙うことを懸念していた。
亀蔵は神一郎の心配をくみ頼み事を聞き入れて、この神社に残ったのだ。

 だが、そのような事は誰も知らない。

 祐紀は養父の行方を知りそうな者が居ないかと考えた。
そういえば、と、後ろを振り向き亀蔵を探した。
亀蔵はすぐ真後ろに居たので、祐紀は声をかける。

 「亀蔵、養父様は・」
 「知りません。」
 「・・・え~と・・。」
 「知りません。」
 「そ、そうか・・でも・」
 「知りません。」
 「わ、分かった・・。」

 亀蔵は後ろも振り向かず、知らぬの一言だけ淡々と返した。
祐紀は肩をすぼめる。
亀蔵は余計なことを話さない。
そのことをよく祐紀は知っていた。
知らないというのだから、知らないのだろう。
そう思った。

 祐紀は溜息を吐くとボソリと呟く。

 「私は養父様にお願いがあって帰ってきたのだけど・・。」

 その言葉に兵衛の目がキラリと光った。

 「では、宮司様が帰るのをここで待つのですね?」
 「ああ、だってここ私の家でしょ?」
 「当たり前です!」
 「だよね、だからここで待つけど?」
 「では実家の仕事もお願いしますね。」

 「げっ!」
 「何かいいましたか?」
 「い、いえ・・・。」
 「では、今日からお願いしますね。」
 「え!?」
 「今まで寺社奉行様の所で遊んできたのですからね。仕事をして下さい。」
 「え? 遊んでなど・・。」

 その祐紀の言葉に兵衛は目を細め、口角を上げる。
その笑顔を見て、祐紀はヤバい、と、思った。

 「祐紀様、そもそも貴方様はこの神社の継嗣(けいし)です。」

 祐紀は勢いよく兵衛から視線を外す。
そんな祐紀におかまいなしに兵衛は言葉を続けた。

 「跡継ぎともあろう者が寺社奉行様のところに行かれて、なかなか帰ってきませんでした。」
 「そ、それは地龍が・・。」
 「別に地龍なら、この神社にいても対応はできます。」
 「いや、でも為政者へ地龍への説得があって・・。」
 「説得をするのに、これほど時間がかかったとでも?」
 「あ、いや、それは・・。」

 「要するに城の方々の説得が終わったのに、そんまま居着いて帰ってこなかった。」
 「いや、しかし・・。」
 「しかしもヘチマもありません!」

 兵衛のその言葉を聞いて祐紀は押し黙った。
兵衛には適わない。
祐紀は現実逃避をはかる。

 『しかし、と、ヘチマ』、どういう関係があるのだろう。
『しかしもヘチマも無い』という事は、ヘチマでは無い何があるということだ。
では何があるんだ?
日本語って難しいよね、などと、しょうもない事を考え始めた。

 兵衛はそんな祐紀に大声を上げる。

 「祐紀様、現実逃避は()めて下さい!」
 「え! 何でわかったの?」

 この言葉に、兵衛は細い目をさらに細めた。
ま、まずい! こ、これは不味い!

 それから怒濤の如く説教が始まった。
祐紀は熊や、梅にヘルプの視線を送る。
だが、二人は自分の話は終わったとばかりにさっさと退散した。

 な、なんて薄情なんだ! と、祐紀は心で叫んだ。
すると・・

 「祐紀!! 人の話を聞け! 叔父の話を!」
 「はい!!」

 そして一時間以上、神社とは、継嗣とは、神職とは、などなど永遠とも思える時間説教をされた。
説教が終わった直後、精神ともに疲れ切った祐紀は兵衛に言う。

 「あの・・。」
 「何ですか?」
 「今日は疲れたので休んでも・」
 「祐紀さま、まだ分かって・」
 「す、すみませんでした! す、すぐに仕事の準備をします!」
 「よろしい。」

 祐紀は旅装束を着替えるべくその場を離れた。
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