第173話 それぞれの思い・庄助 その4

文字数 2,665文字

 庄助(しょうすけ)が夜の監視についてから二日目の夜、黒装束(くろしょうぞく)の集団が現れた。
9人が一糸乱れず音も立てずに、隠れている庄助の横を通り抜けていく。

 やがてその集団は寝静まった検問所の手前で止まり、二人が先行して回り込んだ。
そして検問所で寝ずの番をしていた二人の背後から襲いかかり、あっけなく排除をする。
そしてさらに検問所に併設された居住区に潜り込む。
ものの数分とせぬうちに居住区から再び出て合流し、教会の方に集団は走り去った。
検問所にいた精鋭は、いとも簡単に制圧されてしまったようだ。

 それから四半刻(30分)もしないうちに、神薙の巫女を担いで黒装束の集団が戻ってくる。
黒装束の人数は一人増え10人となっていた。
教会にいたクナイ使いの間者が合流したのであろう。

 黒装束の集団は、再び庄助達が(ひそ)んでいる横を通り過ぎ立ち去った。
やがてすこし間を置いて、助左が曲者達を追って姿を現わす。
そして合図が出された。

 助左は庄助達を連れて、先ほどの連中の後を追う。
やがて黒装束の集団は、街道を外れ直ぐ(そば)の朽ちかけた神社に入っていった。
そして崩れそうな神殿に入り、どうしたことか神薙の巫女だけを神殿内に置いて全員出て来たのだ。

 それを見て、助左が(つぶや)く。

 「まずいな、これは・・。」
 「?」

 「クナイの対処ができる奴は、俺に付いて来い。
他の者は待機だ。
彼奴らが逃げようとしたり、神薙の巫女を連れて逃げ出さないようにしてくれ。」

 庄助らは(うなず)いた。
そして・・。

「では行こうか。」

 そういうと助左は、まるで散歩をするかのように隠れていた場所からユックリと出て歩きだした。
慌ててクナイの対処を任された者が後を追う。

 庄助はその様子を見て呆れた。

 助左は馬鹿か?
相手に気がつかれないように近づいて始末をするのではないのか!
散歩をするかのように正面から近づくなど、殺して下さいと言うようなものだ!
いったい何を考えている!?

 庄助は隠れている場所から飛び出したい衝動を抑え込む。

 助左に気がついた黒装束の10人は、すぐさま臨戦態勢を取った。
その動作から、かなり訓練された者達だとわかる。

 助左は黒装束の者達の動きから(かしら)を割り出し、その者に笑いかけた。

 「お前が頭か? 大人しく捕まってくれぬか?
そうすれば儂も楽なのだが?」

 「殺せ!」

 頭の一言で一人が、(ふところ)に手を入れた。
助左の横にいた庄助の部下はそれを見ると同時に、その者にクナイを投げる。
だがクナイは狙った相手の左胸を外れ、左手の腕に刺さる。
飛んでくるクナイを反射的に(かわ)し左手で受けたのだ。

 クナイを腕に受けたクナイ使いは苦痛に呻く。
だが次の瞬間、その者は右手を懐から出すやいなやクナイを助左へと放った。

 「しまった!」

 助左の手助けをしたクナイ使いが叫んだ。
相手はクナイを受け苦痛に呻く様子を見せて油断をさせ、クナイを放ったのだ
敵ながらたいした演技力である。

 放たれたクナイは助左の心臓を目がけ、迷うことなく一直線に飛んでいく。
そして、クナイが助左の左胸に吸い込まれた。

 カッ!

 助左の背後にあった木にクナイが刺さり、軽い音がした。
クナイがあたかも助左の体を通り抜け、木に刺さったかのように見えた。

 助左は軽く身をそらしクナイを紙一重で(かわ)したのだ。
そして何事も無かったかのように、軽い足取りで黒装束に近づく。

「何をしている!! 殺せ(やれ)! 殺すん(やるん)だ!」

 頭らしき男が叫ぶ。

 その声に黒装束の中から二人が同時に短刀で助左に切り込んだ。
助左に刃が届く瞬間、襲いかかった二人が同時に宙を舞った。

 いったい何が起こった?

 庄助は目の前で起こった事が理解できない。
やがて宙に舞った二人は頭から落ちていやな音を立てた。

 助左はクナイを投げた者に近づく。
慌ててクナイ使いは懐に手を入れる。
それとは別の二人がクナイ使いの前に出て刃を助左に向け立ち塞がった。
そんな二人の間を助左が通り過ぎ、クナイ使いの横をさらに通り過ぎた。

 二人が刃を振るう空間を、何でもないかのように通り過ぎたのだ。
そして、先ほど見たときと同じような事がおきた。
最初に二人が宙を舞う。
そしてそれを追うかのようにまた一人、宙を舞った。

 あっという間の出来事だ。
瞬く間に5人が倒されたのだ。

 「ば、馬鹿な!」

 黒装束の頭が思わず叫ぶ。
その叫びを合図にするかのように、今度は3人が刀を抜いて一斉に助左に飛びかかった。
助左はというと、いつの間にか腰に()いていた刀を抜いている。

 キン!

 刀のぶつかりあう音が一合響いた。
その直後、黒装束の3人がゆっくりと崩れ落ちる。

 「え?」

 その様子を見ていた庄助は思わず声を漏らす。
助左は目に止まらぬ速さで三人の急所に突きを入れ絶命させのだ。
だが剣筋がまったく見えない。

 「お、お前は何物だ!」

 黒装束の(かしら)驚愕(きょうがく)の声をあげる。

 「儂の名前なぞ聞いてどうする?」

 そう助左は答えた。
だが、助左の答えを聞く前に頭と残り一人が助左に飛びかかった。
そしてこの二人もまた宙を舞う。
ただ、今まで倒された者達と違う軌跡を描き宙を舞った。
肩の関節が外された状態で、背中から地上に叩きつけられたのだ。

 「お前等は生かしておいてやる。」

 そう助左は言うやいなや、邪魔者がいなくなった境内を足早で駆け抜ける。
そして、朽ちかけた神殿に辿りつく。
辿り着いた助左は、何やら神殿内からする声に反応したようだ。
助左は、神殿の戸を開け中に入った。

 庄助は自分の位置から開け放たれた神殿を見た。
どうやら神殿内には、神薙(かんなぎ)の巫女と神官服の男しかいないようだ。
神官服の男は、武芸者には見えない。
これならば助左に任せておけば大丈夫だと判断した。

 部下達に息のある者に縄をかけるように命じる。
さらに、猿ぐつわをし舌を噛ませないようにもした。

 曲者どもも処理を一通り終え、安全を確信した庄助は溜息を吐いた。
目の前で見た光景を思い出したからだ。

 助左・・怖ろしい奴だ。
あれ程の者が何故名も知られていない・・。
偽名か?
偽名だとしても、あれ程の腕ならば道場主か城主お抱えのはずだ。
しかし、それなら俺でも一度位は面識が無いとおかしい。
それほど他国での御前試合に庄助は顔をだしているからだ。
だが、助左には会ったことがない。
だとすると、なんらかの理由で武芸から身を引いたか、隠遁(いんとん)しているのだろう・・。

 今、俺が奴と試合しても、ものの数秒とかからずに叩きのめされるのは間違いない。
最高司祭様の言うとおり、俺は井の中の蛙だ。
だが、腕を磨き、いつかは助左に試合を申し込んでやる。
そう庄助は密かに自分に誓うのであった。
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