第182話 白眉、青陵と決着をつける

文字数 2,650文字

 青陵は炎を吐くのを止めた。

 怒りにまかせ己の命を削り炎を吐き続けたが限界に達したのだ。
呼吸が乱れ(あえ)ぐ。
せわしなく空気を吸い込むが、それでも呼吸が苦しく追い付かない。

 無理もない。
今の自分にできる渾身(こんしん)のブレス(炎)を浴びせたのだ。
それも連続して。

 「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ・・・。」

 青陵は龍の形が維持できなくなり、人の姿になる。
龍の形を維持できないほど消耗したのだ。

 天龍が龍の姿態を変える時は二通りがある。
それは故意に人などに擬態する時と、寿命が極端に短くなったときだ。
龍より小さいものに擬態すればそれだけ生命エネルギー損失が防げるためだ。
今は後者の状態である。
最近擬態したのが人であったため、なりやすい人に即座に擬態したのである。

 だが、人に擬態したというのに青陵は立っていられず思わず膝をつく。
さらに(うつむ)いて喘いでいた。

 青陵は、すこし時間をかけて呼吸を落ち着かせていく。

 そして・・、呼吸が落ち着いてきて喜びの声をあげた。

 「や、やったぞ!・・ 、こ、これで彼奴(あやつ)は・・。」

 その時である。
青陵の喜びの雄叫びに、暢気(のんき)に声をかける者がいた。

 「何をやったって?」
 「な!!」

 青陵は目を見開き、思わず顔をあげ前方を見る。

 目の前には、辺り一面、岩や地面が真っ赤に溶け陽炎が立ち上っていた。
その陽炎の向こう側に揺らめいて見える何かがいた。

 白眉である。
それも龍の姿を維持していた。

 「ば、馬鹿な・・・、なぜあのブレスを浴びても生きている!」
 「天界にいた頃のお前に比べて、威力が少ないからだろう?」
 「・・・。」
 「もしお前が天界にいた頃と同じだったならば、儂は溶かされ死んでいただろうな。
今のお前は地上界に追放され、時とともに寿命と体力が削られている。
そのおかげだ。」

 「ば、ばかな・・。
それをいうならお前の方が遙かに弱っているはずだ。
結界の中に長年閉じ込められていたのだぞ!?
それも人間の呪詛を受けて!
そして先ほど儂から受けた結界を破壊したばかりではないか!
あり得ん!
儂より優位に立つなどあり得んのだ!
化け物か、お前は!」

 「化け物とは失礼な奴だな。
だが、今の(わし)はお前の数倍の体力と寿命があるこという事は確かだ。」

 「おのれぇ!!」

 青陵は悔しさに己の両手を力いっぱい握りしめた。
それと同時にギリッと歯ぎしりの音が響く。

 「青陵よ、お前は怒りに任せブレスを思いっきり使用してしまった。
地上界での寿命はかなり短くなり、体力ももう限界であろう。
馬鹿な事をしたものだな。
お前はもう儂にかなう(すべ)はない。」

 この言葉に青陵は憎悪の瞳を白眉に向けた。
だが、しばらくの後、項垂(うなだ)れる。
現実を受け入れえざるをえなかった。

 白眉は青陵に問いただす。

 「お前に聞きたい事がある。」
 「なんだ?」

 青陵は顔を上げることもなく白眉に返事をした。
白眉は間をおいて青陵に聞く。

 「斎木村を襲ったのはお前か?」
 「そうだ・・。」
 「なぜ、あの村を襲った?」
 「お前をおびき寄せるためだ。」
 「たったそれだけのために、村を襲ったのか?」

 「たったそれだけだと!
巫山戯(ふざけ)るな!
今の儂は、地上界に追放したお前に恨みをはらす事が全てだ!」

 「ならば人など巻き込まず、儂に直接手を下せばよいではないか?」

 「ふん、あれほど人から痛い目にあっていながらまだ人を愛でるのか?
あきれた奴だ。
人間などこの世界にとっては害をなすだけだというのに。
何故それがわからんのだ!
そんな人間だからこそお前を誘い出し始末するのに使ったのだ。
笑わせるな!」

 「・・・そうか。ところで青陵よ、お前は村人を殺したのか?」
 「ああ、それがどうした?」
 「・・・死んだ人間に対してすまないとは思わぬのか?」
 「思わんな。」
 「そうか・・、残念だ。
今となってはもう遅いが、お前は天界に戻れたであろうに。」

 「まだ言うか!」

 「嘘ではない。
お前を地上界に追いやった後、神がそう言ったのだ。
お前が人間への偏見を無くし、反省をしたならば、とな。」

 「!?」
 「ばかな事をしたものだな。」

 そう白眉が言ったときであった。
青陵が前のめりにゆっくりと倒れ込んでいった。

 トスン! と、軽い音を立てて。

 そして倒れ込んだ青陵の肌色が急激に色を変えていく。
体が石へと変化したのだ。
やがて青陵は、大理石でできた彫像となる。

 しかし、それもつかの間の事であった。
青陵の体に細かい(ひび)が入り始めたのだ。

 ピシリ!

 ピシ、ピシピシ・・パキン!

 青陵の体全体が細かい罅でおおわれる。
その後、一際大きな音を出して体が(へそ)のあたりで真っ二つに割れた。
それを合図にしたかのように体のあちこちが割れて分かれていく。
頭が、足が・・そして腕が・・・。

 やがてその別れた部分が、さらに細かく割れていく。
割れる事を繰り返し、やがて数センチの不揃いの小さな石になる。
そしてそれ以上割れるのが止まり、あたり一面静寂におおわれた。

 しかし、これもつかの間の事であった。
突然、また変化がはじまった。
細かく砕けていた石が、砂となりサラサラと崩れていく。
崩れ落ちた砂は地面の砂と混じり合い、見分けがつかなくなる。

 「土に還ったか・・・、可哀想な奴だ・・。
私怨を無くし人への偏見をやめて反省したならば、天界に戻れたかもしれぬというのに。」

 そう言って白眉は哀れみの表情をうかべ、天を仰いだ。

 白眉は砂となった青陵の場所に行き、しゃがみ込んだ。
そして砂の中から何かを拾い上げる。

 勾玉(まがたま)であった。
青陵が斎木村から略奪した”賛美の勾玉”である。

 白眉はその勾玉を(いと)おしそうに見た。

 勾玉は白眉が斎木村の巫女に昔届けたものだ。
あの時の巫女の顔が思い浮かんだ。

 巫女は天界から頂いた勾玉をそれはそれは喜んだ。
白眉も感謝され、村ではお祭り騒ぎとなった。
それを思い出し、胸がすこしキュンとなる。
あれからこの勾玉は代々巫女に引き継がれ、大事にされてきた。

 だが、今回、白眉が斎木村に勾玉を届けた事が村に災いを招いた。
青陵が白眉を呼び出すためだけに斎木村が利用されたのだ。

 青陵は地龍に擬態し斎木村を襲って、儂が斎木村に来るように仕向けた。
そして斎木村を襲った際、勾玉に天の匂いを嗅ぎ取り無意識に略奪したのであろう。
青陵には勾玉を略奪するのは目的に無かったはずだ。
ただ帰りたい天界の臭いが勾玉からしたからであろう。
それを思うと何とも言われぬ悲しみが白眉を襲う。

 「さて・・、斎木村の様子を見に行くか・・。」

 白眉にはまだ斉木村の流行病の件が残っていたのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み